証明すべき事実関係を証拠によってきちんと裏付ける

1 “法律家”は,“法律”を日々研鑽し続けることが不可欠である。が,私も会員の諸先生も,“街の”法律家であるから,“法律”を実践的なものとして身につけなければならない。どんなに魅力的な理屈であっても,実務上相手にもされていない机上の空論を振りかざすことは,顧客にとってはとても迷惑である。
また,有用な理論も理屈のままでは絵に描いた餅である。例えば,訴訟において,依頼者の言い分である事実関係に争いがある場合,弁護士として,依頼者の言い分にあうどんなに素晴らしい理屈を見付けたとしても,それだけで,事は有利に展開はしない。証明すべき事実関係を証拠によってきちんと裏付けることができなければ,裁判に勝つことはできるはずもなく,依頼者の役には立てはしない。

証拠として残しておくべき書類

 いくつかの典型的な紛争で裁判で求められるであろう証拠を資料1に列挙した。以前,札幌簡易裁判所が当事者に配布していた書類に,私なりに若干の手を加えたものだ。

法律相談を希望する方のために作成したものであり(http://www.smaedalaw.com/syouko.htm),網羅的でないので,これで必ず足りるという訳ではないけれど,紛争となった場合に,ないと困る文書類である。
そこでまた,予防法務的な観点からすると,本来残しておくことを怠ってはいけない,そんな文書類のリストということにもなる。

もっとも,列挙した文書類が,証拠として,事実の認定にどの程度役立つかどうかという証拠価値(証拠力,証明力)は,すべて同列というわけではない。事案との関係で具体的に考察しなければならないが,一般的にいって,契約書や注文書の方が,相手方も署名押印しているという点で,文書の性質として類型的に,当方が作成・提出した見積書や請求書より証拠価値が高いであろう。また,一般的に,勝手に押したという言い訳ができない以上,体裁や内容にもよるが,署名その他の部分が自筆である方が証拠価値が高いといえる。
しかし,実務の世界では,一本技を求めてばかりはいられない。技ありのほか,有効,効果もかき集めなければならない場合も少なくない。

証拠らしい証拠がない場合

3 それでは,紛争になってしまったのに証拠らしい証拠がない場合,あるいは,文書を証拠として残しておきづらいような場合はどうするか。
それなりの証拠を集めることができないということは極めて不利な場面であることは間違いないが,事案を個別具体的に検討していくと,まったくやりようがないというわけでもない。とっかかりを見付けて軟着陸できる場合もあり,腕の見せ所でもある。

それでは,証拠がない場合はどうするか。
そう,なければ作ればよいのである。
もう一度言おう。なければ作ればよいのである。
といっても,私は弁護士である。証拠を偽造せよ,というのではない。

 以前私の担当した事件で,次のような場面に遭遇した。当方が建設した30棟近いマンションに,相手方が設置した設備の代金を請求してきたという事案だ。
相手方は,各設備設置工事毎の26通の見積書を証拠として提出してきた。古いものは昭和59年7月1日付け,新しいのは平成3年5月15日付けだ。きちんと横印を押しているが,すべてがワープロ打ちされた同じ定型の書式であり,金額欄の下に,すべて「消費税は別途必要です」と記載されていた。
しかし,上記見積書のうち,昭和の日付けである16通も含めて。消費税は,昭和63年12月30日,消費税法が成立した後,平成元年4月1日から実施されたものだ。
相手方にも弁護士が付いていたのに,私の開いた口は,今でもふさがらない・・・・・・。

 このように証拠を偽造するのは問題外。これから述べるのは,相手方に真実を証明させるプロセスの例だ。
資料2と3は,私が経営者・管理者向けの講演用に作成した70頁ほどのオリジナルテキストに掲載してある資料だ(テキストのうち全体のレジュメは,http://www.smaedalaw.com/kouen.htmに掲載してある。)。

まず,資料2をご覧頂きたい。
私が頼まれた講演の担当者に,講演の開催間近に送信したFAX原稿だ。要するに「開催日が,12日だったか,13日だったかわからくなったので,FAXで教えてくれ。」という意味のものだ。
これをFAX送信すると,担当者からは,15分で,「13日だよ」という内容の文書がFAX返信されてきた。それが資料3だ。

実は,私は,開催日が13日であることは覚えていた。この講演の参加者に,相手方に真実を証明させるプロセスの例を説明するうえで,とても身近な成功例を示すために,敢えて担当者を実験台とする実例づくりを企んだのだった。

先に述べたとおり,証拠価値にはランクがあるが,相手方から手書でFAXが返信されてきた場合,発信元と日付けが印字される設定がされているのが通例だ。内容にもよるが,そこそこ証拠価値の高い証拠となるであろう。
この場合の工夫のポイントは,まちがった不利をして,FAXで返信してくるようなモチベーションを起こすこと,当方から送信したものに,相手方が手を加えたものを返信させることであった。

なお,応用はいろいろ考えられるが,注意を喚起しておきたい。
工夫を怠ったり,あまり多用しすぎると,大事なお客様との信頼関係を壊すことになりかねない。何事も実践には,平衡感覚がとても大事である。

『法律』に興味をもって読んでもらえるように執筆した記事になります。
裁判や法律にはルールがありますので、スキームを組み立てアプローチの方向を適切に見極めないと望んだ結果を導く事ができないのです。
弁護士の仕事について、また弁護士に相談しようと思った時、どうしたら法律を味方につけられるのか、という気づきやヒントになれば幸いです。

前田 尚一(まえだ しょういち)
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
ただ、私独自の強みを生かすことを、増員・規模拡大によって実現することに限界を感じています。今は、依頼者と自ら対座して、依頼者にとっての「勝ち」が何なのかにこだわりながら、最善の解決を実現を目ざす体制の構築に注力しています。実践面では、見えないところの力学活用と心理戦について蓄積があると自負しています。

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