「安くても仕方ない」と思っていたわけではない
― 非上場株式と、取り戻せなかった過去の話
この事例は、
少数株主として保有していた非上場株式を、当初の申出額の約7倍で売却できたという事案です。
しかし、ここでお話ししたいのは、
株式を「いくらで売れたか」という結果そのものではありません。
相手方から具体的な買取価格が提示された。
依頼者は、その金額を見て、
「安いとは思うが、こんなものなのだろう」
と、半ば受け入れかけていた。
しかし、問題は価格ではなかった。
1 相談に至る背景 ― 価格の話ではなかった
依頼者は、非上場会社の少数株主でした。
その株式は、祖父の死亡時の遺産分割を通じて取得したものです。
しかし、その遺産分割の場面で、
依頼者は実質的に何の発言権も持てませんでした。
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依頼者の父親(祖父の長男)は、すでに他界
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遺産分割を主導したのは、父親の兄弟姉妹
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依頼者は「若輩者」「当事者でない者」として扱われた
結果として、
依頼者に割り当てられた株式の内容・条件は、
本人が納得して決めたものではありませんでした。
このときの体験が、
後々まで、強い感情的なわだかまりとして残ることになります。
2 「900万円で買ってやる」という申出
年月が経ち、
依頼者はその株式について、兄弟姉妹側から次の申出を受けます。
「その株、900万円で買ってやる」
依頼者は、
「安くても仕方ない」と思ったわけではありません。
むしろ、
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非上場株式である以上、評価は簡単ではない
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会社の状況次第では、1,000万円を超えてもおかしくないのではないか
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何より、また一方的に決められるのは耐えられない
という思いが強くありました。
不満は「金額そのもの」よりも、
また言われるままに従わされる構図に向いていたのです。
3 相談の核心 ― 問題は「いくらか」ではない
依頼者は、
「いくらぐらいで売るのが妥当でしょうか」
という形で相談に来られました。
しかし、話を丁寧に聞くうちに、
本当の問題は別のところにあることが明らかになっていきます。
それは、
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自分は、交渉の主体になってよいのか
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異議を唱えること自体が、わがままではないのか
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また不利益を押し付けられるのではないか
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という、判断をすることへの萎縮でした。
この状態で、
仮に「妥当な価格」を提示しても、
依頼者自身がその判断に腹落ちすることはありません。
4 判断在庫を整理する ― 何を「自分で決める」のか
そこで、
価格交渉に入る前に、次の点を整理しました。
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株式の法的な位置づけ
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少数株主として持つ権利と選択肢
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「売らない」という判断も、正当な選択であること
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感情と判断を切り分けてよいこと
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重要だったのは、
「どう判断してもよい」という前提を、依頼者自身が取り戻すことでした。
この整理ができた時点で、
依頼者の姿勢は明らかに変わります。
5 交渉と結果 ― 7倍という数字の意味
その後、
株式評価・交渉を進めた結果、
最終的な売却価格は、当初の申出額の約7倍となりました。
結果だけを見れば、
「高く売れた事例」と言えるかもしれません。
しかし、依頼者の言葉で印象的だったのは、
「今回は、自分で決めたという感じがします」
という一言でした。
6 この事例が示すもの
非上場株式や少数株主の問題では、
「価格」よりも先に滞留している判断が存在します。
それは、
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過去の家族関係
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力関係の記憶
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「逆らってはいけない」という刷り込み
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といった形で、
長期間、本人の中に在庫として残り続けます。
この判断在庫を整理せずに進める交渉は、
たとえ金額が上がっても、
本当の意味での解決にはなりません。
まとめ
この事例は、
株式を高く売却した話ではありません。
自分の人生に関わる判断を、
もう一度、自分の手に戻した事例です。
そして、
その判断を支えるためにこそ、
法律と専門家が存在すると、私は考えています。
👉 この事例で用いている「判断在庫」という考え方については、
こちらで整理しています。
「判断在庫とは何か ― 勝つためではなく、人生を壊さないための法的判断」






