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心労で毛髪抜け、腹が据わる ――経営者が「無援の戦い」に陥る瞬間と、専門家の使い方

心労で毛髪抜け、腹が据わる
――「無援の戦い」と専門家を使うということ

――「無援の戦い」と専門家を使うということ

人は、追い込まれたときに初めて、
自分がどれほどの心労を抱えていたのかに気づくことがあります。
毛髪が抜けるほど悩み抜いた末に、ようやく腹が据わる――
そんな局面は、決して他人事ではありません。

昼食をとりながら、溜まっていた日経新聞を、
例によって最後のページからめくっていました。
そこで目に留まったのが、
「心労で毛髪抜け腹据わる」という見出しでした。

住友林業最高顧問・矢野龍氏の『私の履歴書』。
思わず手を止め、読み進めることになります。

「無援の戦い」という言葉の重さ

連載の副題は「無援の戦い」。

記事の中で、次の一節が目に飛び込んできました。

「先方は訴訟の間、弁護士が7人も交代した。不利とみると見切りを付けて去って行くのだが、大きな会社からお金を取って、それで成功報酬を得ようとする弁護士が、次から次に現れるのだ。」

さらに読み進めると、
シアトルで起きた訴訟に対し、
東京本社の海外部が十分な支援姿勢を示さなかったことへの
強烈な怒りが語られます。

「課長に話すと、自分では決められないという。
常務だと言うので、日本の夜中に何度も電話したが出ない。」

そして、次の決断に至ります。

「僕は腹をくくり、自分で訴訟費用を負担してでも争うと決めた。」

弁護士費用は1億円。
日本にいる母親に電話し、
親戚中から1億円を用意してほしいと頼むと、

「それくらいなら、なんとかなるんじゃないの」

と動じなかった――。

正直に言えば、
「一体、どんな母親だったのだろう」と思わずにはいられませんでした。

法律家として覚えた違和感

この連載は、世間的には
経営者の修羅場を描いたノンフィクションとして
読まれるのだと思います。

しかし、法律家の端くれである私には、
どうしても拭えない違和感が残りました。

それは、
「誰が悪い」という話ではありません。

専門家がどのように使われ、
どのように切り捨てられ、
結果として、誰が孤立していったのか。

その構図に、強い引っかかりを覚えたのです。

専門家に任せる、という覚悟

世の中には、
専門家に頼らずとも、
自分の判断で最善の結果を出せる人も、確かにいます。

(自己満足も含めれば、
案外多いのかもしれません。)

ただ、少なくとも私自身はそうではありません。

その事柄の重大さや複雑さが一定水準を超えたら、
専門外のことは、専門家に任せる。
もちろん、費用対効果を考えたうえで、です。

知識の量も、視野の広さも、
何より、その分野で物事を見る「思考の型」が違う。
それを理解しないまま、
専門家と対等に議論しようとすることは、
かえって事態を悪化させかねないと考えています。

手術前の不安が教えてくれたこと

少し別の例を挙げます。

最近、私はある手術を受けました。
事前に病院から、
服用していた抗凝固剤について
「○日から中止してください」と指示されていました。

ところが私は、うっかりその期限を失念し、
半日ほど余計に服用してしまいました。

素人としては、不安でたまりません。

しかし医師は、淡々とこう言います。

「禁止事項は、安全側に少し広めに取っているんです。
手術前にチェックしますから、その時点で判断します。」

このとき、
専門家に任せるというのは、
自分の不安を即座に解消してもらうことではない
のだと、あらためて感じました。

では、どんな専門家を選ぶのか

問題はここです。

専門的な能力は、
素人には正確に評価できません。

だから私は、
専門家を選ぶ際、
まず「この人は信用できるか」を重視します。

・紹介者が、本当に信頼できる人か
・耳障りの良い言葉ばかりを並べていないか
・できないことを、できないと言えるか

「良い人だ」「優しい人だ」
それだけでは、判断材料になりません。

無口でも、つっけんどんでも、
やるべき手術をきちんとやる医師。
私は、そういう専門家を選びたい。

専門家不在の時代に

もっとも、最近はさらに厳しい現実があります。

生活全般において、
専門家らしい対応を受けること自体が難しくなってきた
という実感です。

手軽さ、スピード、コスト。
それらが優先される一方で、
時間をかけて考え、責任を引き受ける専門家は、
確実に減っています。

この局面では、
従来とは違う発想で、
自分なりの作戦を立てていかなければなりません。
大変な世の中になったと思います。

それでも、腹をくくる前に

冒頭の言葉に戻ります。

「心労で毛髪抜け、腹が据わる」。

腹をくくること自体は、
時に必要です。
しかし、
誰にも相談できないまま腹をくくる状況は、
できる限り避けるべきです。

専門家とは、
武勇伝を演出する存在ではありません。
修羅場の只中で、
現実的な選択肢を一緒に考える存在であるべきだと、
私は考えています。

経営者が、
「無援の戦い」に追い込まれる前に。
そのための関係性を、
日常の中でどう築くか――
それが、今あらためて問われているのではないでしょうか。

前田 尚一(まえだ しょういち)
弁護士として30年以上の経験と実績を有し、これまでに多様な訴訟に携わってまいりました。顧問弁護士としては、常時30社を超える企業のサポートを直接担当しております。
依頼者一人ひとりの本当の「勝ち」を見極めることにこだわり、長年の経験と実践に基づく独自の強みを最大限に活かせる、少数精鋭の体制づくりに注力しています。特に、表面に見えない企業間の力学や交渉の心理的駆け引きといった実務経験は豊富です。 北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校、北海道大学法学部卒業。

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