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同じ事件が民事と刑事でそれぞれの裁判所の結論が反対

民事と刑事でそれぞれの裁判の方向が相反する場合があります。
世界中をにぎわした有名な事件として、元妻とその友人が自宅で殺害された事件について、刑事事件は無罪判決となったが、850万ドルの損害賠償の支払が認められた「O・J・シンプソン事件」ご存じの方もいらっしゃるかと思います。

本ページの後半で、刑事事件では無罪判決が下されたけれど、当事務所で担当した民事事件では損害賠償請求が認められた事案をご紹介いたします。

1 民事事件と刑事事件が方向性の違う異なる判断をした事例

(1)プレサンス事件・無罪

大手不動産会社であるプレサンスコーポレーションの元・代表取締役である山岸忍氏に対し、業務上横領事件につき無罪判決を言い渡したえん罪事件があります(「プレサンス事件」)。

〇大阪地裁令和3年10月28日判決[確定](裁判所ウェブサイト)

⇒ https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=90711
[全文] https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/711/090711_hanrei.pdf

日弁連(日本弁護士連合会)のウェブサイトに解説記事があります。
⇒ ps://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/visualisation/falseaccusation/case5.html

 

(2)プレサンス無罪国賠請求訴訟・元被告人の請求棄却

ところが、無罪となった山岸氏の提起した国賠請求訴訟(「プレサンス無罪国賠請求訴訟」)の第一審は、その請求を棄却しました。

〇大阪地裁令和7年3月21日(裁判所ウェブサイト)

⇒ https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=94098

[判示事項の要旨]
業務上横領事件の被疑者として逮捕、勾留及び公訴提起されたものの、第一審で無罪判決が確定した原告が、検察官の違法な逮捕、勾留、公訴提起及び取調べにより損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき原告に生じた損害(78億7000万円余りのうち7億7000万円)及び遅延損害金の支払を求める事案につき、検察官において、関係者の供述等を前提に、原告に業務上横領の故意及び共謀が認められると判断し、逮捕、勾留及び公訴提起に至ったことについて、その合理性を肯定することができない程度に達しているとはいえないから、国家賠償法上違法とはいえないとし、また、検察官の原告に対する取調べも、国家賠償法上違法とはいえないとして、原告の請求を棄却した事例
[全文] https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/098/094098_hanrei.pdf

なお、この基本事件から派生した文書提出命令に対する許可抗告事件である最高裁令和6年10月16日第二小法廷決定・裁判所ウェブサイトは、次のとおり

〇最高裁令和6年10月16日(裁判所ウェブサイト)

⇒ https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=93424

[判示事項]
検察官が被疑者として取り調べた者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体が、民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当するとして文書提出命令の申立てがされた場合に、刑訴法47条に基づきその提出を拒否した上記記録媒体の所持者である国の判断が、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとされた事例
[全文] https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/424/093424_hanrei.pdf

(3)実務家の批評

著名な元裁判官の解説があります(加藤新太郎「プレサンス国賠請求事件における起訴、逮捕・勾留についての違法性」NBL1295号82頁)。
一般論の中では、「同一事象を対象とした民事判決と刑事判決とで認定・判断が乖離し、結論を異にすることがある。」と述べているが、「最大の問題点は、現在の判例法理を正解することなく事実認定、規範的評価に進んでしまったことにある。各論的にも、……、論理則違反・経験則に反するのではなかろうか。期して控訴審の判断を待つことにしたい。」と結論しています。

2 当事務所の担当案件

刑事事件では無罪判決が下されたのですが、当事務所で担当した民事事件では損害賠償請求が認められた事案があります(加害者の代理人は、刑事事件も民事事件も同じ弁護士です。)。被告は、加害者に加え、保険会社と同様の業務を営む自動車共済であり、こちらの代理人も同じ弁護士です(ちなみに、当事務所で扱った自動車共済が関わる事案として、こちらがあります。)。

2019年の苫小牧死亡事故 団体職員の男性(63)に逆転無罪 …HBCニュース(北海道放送))[裁判長 青沼潔

〇札幌高裁令和7年3月18日判決

⇒ https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=93981
[判示事項の要旨]
過失運転致死の事案において、第一審は、検察官請求の鑑定に基づいて衝突地点を認定し、結果回避可能性を認めて原判示過失を認定した。控訴審は、原判決の判断は論理則経験則等に反し不合理であり、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとして破棄した上で、控訴審における訴因変更後の訴因にかかる検察官主張の結果回避可能性、過失は認められないとして、無罪の言渡しをした。
[全文] https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/981/093981_hanrei.pdf

第1審の札幌地裁の判決は、執行猶予付きの有罪でした(札幌地裁令和6年3月4日判決)。

交通事故に基づく損害賠償請求の事案で、刑事事件の処理の進捗を待ちましたが、民事事件の消滅時効が完成するぎりぎりまで起訴されず、民事事件を提起しましたが、刑事事件の影響で、民事事件の判決まで、4年を超える年月を要することとなりました(札幌地裁令和7年5月21日[確定])。
その間、刑事事件の相反する第1審、控訴審の各判決が挟まったわけです。

民事事件については、控訴審判決前に、双方主張立証を終えましたが、控訴審判決後に結審とすることとなっていました。
本音を推察するに、第1審の裁判官も、きっと驚いたことでしょう。

原告ら訴訟代理人の私は、この点に関しては、次のとおりの主張を追加しました(第6準備書面)。
「 本件刑事事件の控訴審において、札幌高等裁判所は、令和7年3月18日、原判決破棄(無罪)の判決をしたとのことである。
裁判所は、《被告人が、被害者との衝突場所であるA地点よりも、結果回避が可能な手前の地点で、被害者を視認可能であったとするには合理的な疑いが残る》として、《当審新訴因にかかる検察官主張の結果回避可能性、過失は認められず、当審新訴因にかかる過失運転致死の事実を認定することはできない》と説示するところ(乙24の24頁)、民事訴訟手続における立証は、必ずしも刑事訴訟手続における立証のように、合理的な疑いを差し挟まない程度まで要求されているわけではないことからすると、本件においては、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告の結果回避可能性、過失を認めることができるというべきである。
なお、上記高裁判決は、あくまで原告ら訴訟代理人限りのことであるが、属人的な印象を払拭できない(札幌高裁令和6年(う)第93号同7年1月28日判決・最高裁HP)。
御裁判所においては、民事訴訟の制度趣旨を踏まえ、徒に本件刑事事件の控訴審における判決結果に引きずられることなく、独自の立場で正当な判決をされることを期待する。」

民事と刑事でそれぞれの裁判所の結論が相反する場合については、1で紹介した実務家の批評どおり、一般論はそのとおりであるし、判決書だけを見て評価するという限り、事件に即した批評も述べられることも一見解ということになるでしょう。ただ、実際の審理の中で動いていると、最後に裁く(さばく)担当裁判官によってペーパー化された判決書には現れない事が山のようにあるものです。それまでの審理の中で関わる代理人が生煮えの状況をどう捌く(さばく)かが現実の結論に影響を与えるわけで、それぞれの代理人の手捌きの巧拙によっても少なからず変わってくるでしょう。

相手方(民事事件の被告、刑事事件の被告人)は、民事事件でも、刑事事件でも、被害者が自殺を図ったものであると主張しており、流石に民事事件ではもとより無罪判決となった刑事控訴審も、自殺企図の主張は排斥したが、民事事件が、刑事事件の影響で長引いたことは否定できないところ、粗雑としかいいようのない検察庁の捜査の過程に大きな問題があったといわざるを得ないもので、被害者側としては、煽りをくらったとの感を否めないところですが、それでも、民事事件では、いわば有罪判決となりました。
本件の分析については、被害者側の代理人の立場で真摯に時間と労力を投入した実際を基に、批評を超えてもろもろ述べたいことはありますが、確定した無罪判決があることも考え、現時点では、以上の限りの説明としておきます。

 

 

前田 尚一(まえだ しょういち)
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
ただ、私独自の強みを生かすことを、増員・規模拡大によって実現することに限界を感じています。今は、依頼者と自ら対座して、依頼者にとっての「勝ち」が何なのかにこだわりながら、最善の解決を実現を目ざす体制の構築に注力しています。実践面では、見えないところの力学活用と心理戦について蓄積があると自負しています。

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