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「心房細動」の語が登場する裁判例
〇大阪地裁令和4年1月20日判決・LLI/DB 判例秘書登載
主 文
1 被告は,原告X1に対し,300万円及びこれに対する令和元年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,300万円及びこれに対する令和元年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告X1に対し,974万6916円及びこれに対する令和元年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,974万6916円及びこれに対する令和元年10月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,保険会社である被告との間で人身傷害保険条項を含む自動車保険を締結していたA(以下「A」という。)が交通事故によって死亡した件につき,Aの法定相続人である原告らが,被告に対し,同保険契約に基づく保険金として,各原告につき,974万6916円(ただし,傷害による損害300万3231円,死亡による損害3369万0769円,定額給付金1360万円から,自賠責保険からの賠償金2686万1658円,それ以外の既払金393万8510円を控除した1949万3832円の各法定相続分である。別紙損害額一覧表の原告欄参照)及びこれに対する保険契約所定の弁済期(請求完了の日から同日を含めて30日)の翌日である令和元年10月6日から支払済みまで平成29年法律第45号による改正前の商事法定利率(以下,単に「商事法定利率」という。)年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるのに対し,被告が,約款に所定の限定支払条項が適用されるなどして支払うべき保険金は各原告につき300万円に限られる(別紙損害額一覧表の被告欄参照)などと主張して,これを争っている事案である。
1 争いのない事実等
以下の各事実は,当事者間に争いがないか,後掲関係各証拠等及び弁論の全趣旨によって容易に認めることができる。
(1)保険契約の締結
Aは,損害保険業を営む被告との間で,平成28年2月19日,おおよそ以下の各契約条項を含む自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(甲1,甲2)。
ア 保険種類 個人用自動車保険「B」
イ 保険期間 平成28年4月5日午後4時から平成29年4月5日午後4時まで
ウ 記名被保険者 A
エ 被保険自動車 普通乗用自動車(大阪○○○そ・○○○)
オ 保険金額 7000万円
カ 人身傷害条項
(ア)被保険者 被保険自動車に搭乗中の者
(イ)保険金請求権者 被保険者。ただし,被保険者が死亡した場合,その法定相続人。
(ウ)被告は,被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により,被保険者が身体に傷害を被ることにより,被保険者に生じた損害に対し,この人身傷害条項及び基本条項に従い,後記(エ)に規定する保険金を支払う。ただし,保険金の額は,上記オの保険金額を限度とする。
(エ)被告が支払うべき保険金の額は,本件保険契約に係る約款(以下「本件約款」という。)の規定(本件約款1-3・6条)により決定される損害額から,自賠責保険等から支払われた金額等(同8条1項①から⑥まで)を控除した額とする。
(オ)限定支払条項
被告は,被保険者が傷害を被った時既に存在していた身体の障害又は疾病の影響により,傷害が重大となった場合は,その影響がなかったときに相当する金額を支払う(本件約款1-3・11条1項1号。以下「本件限定支払条項」という。)。
キ その他の給付金
(ア)人身傷害入通院定額給付金
人身傷害保険の支払対象となる事故で,被保険者が治療を要し,入通院日数が5日以上となった場合,1名につき10万円(甲1)
(イ)人身傷害死亡・後遺障害定額給付金
人身傷害保険の支払対象となる事故で,被保険者が亡くなったり,後遺障害が生じた場合,1名につき1000万円(甲1)
ク 保険金の支払期限
保険金の請求手続完了日からその日を含めて30日以内(本件約款1-5・24条)。
(2)交通事故の発生とAの死亡
Aは,被保険自動車に搭乗中,次の交通事故(以下「本件事故」という。)によって負傷し,死亡した。
ア 日時 平成28年8月18日午前10時18分頃
イ 場所 大阪府豊中市(以下略)
中央自動車道西宮線名神下り523.8キロポスト先路上
ウ 関係車両
(ア)原告X2運転,A同乗の普通乗用自動車(被保険自動車)
(イ)C(以下「C」という。)運転の普通乗用自動車
エ 態様
Cは,酒気を帯び,公安委員会の運転免許を受けないで,平成28年8月18日午前10時18分頃,上記場所において,普通乗用自動車を運転し,その頃,第2通行帯を東方から西方に向かい時速約140~150km(なお,同所の制限速度は時速100kmである。)で走行中,第1通行帯に進路変更するに当たり,折から第1通行帯を自車と同一方向に先行して進行中の原告X2運転の被保険自動車を自車前方約13.5mの地点に初めて認め,左に転把したが及ばず,被保険自動車左後部に自車右前部を衝突させて,被保険自動車を横転させた。
(3)Aの受傷・死亡と既往症の存在
ア Aは,本件事故によって,両側急性硬膜下血腫,肺挫傷,左第7-8肋骨骨折,右腰動脈損傷,右後腹膜血腫,左脾損傷,左臀部血腫,仙骨後面血腫,左恥座骨骨折の傷害を負い,平成28年8月18日,D病院に入院して治療を受けたものの,後腹膜出血による出血性ショックで多臓器不全が進行し,同年9月8日,死亡した(甲4)。
Aの法定相続人は,妻である原告X1と子である原告X2の二人であり,法定相続分は各2分の1である。
イ A(本件事故当時75歳)は,直腸がん術後並びにこれの肝転移術後及び肺転移がある状態(いわゆるステージⅣの状態)で,本件事故当時は制がん剤であるスチバーガを服用していたが,腫瘍マーカーは上昇傾向にあり,腹膜播種等を生じてもおかしくない状態であり,また,スチバーガの服用の副作用によって平成27年に脳梗塞も発症していた。
Aは,甲状腺機能低下症を発症し,チラーヂンを服用していたほか,左水腎症の既往症を有しており,腎機能も低下した状態にあった。
Aは,心房細動(不整脈の一種であり,血栓症を発症しやすい。)があるため,抗凝固剤であるワーファリンも服用していた。
(以上につき,甲5・28頁)
(4)関連事件判決
原告らは,本件事故による損害に関し,Cほかを被告とする損害賠償請求訴訟を提起し(当庁平成29年(ワ)第6414号),同事件において,被告は,同事件被告らを補助するために補助参加をした。同事件につき,令和元年9月4日,判決言渡しがされ,同判決はその後確定している(以下,この判決を「関連事件判決」という。)。
関連事件判決において,当該受訴裁判所は,「本件事故がなければAが平成28年9月上旬に死亡することはなかったと推認される」などとして,本件事故とAの死亡との間の相当因果関係を認める一方で,「Aが,本件事故当時,直腸がんの肝臓及び肺への転移やこれに伴う肝機能及び肺機能の低下に加え,心房細動により血栓ができやすく,抗凝固剤であるワーファリンの服用が必要な状態でなければ,Aは,適切な治療を受ければ平成28年9月上旬に死亡することはなかったと推認される」とし,「止血のために抗凝固療法を中断したことが原因で脳梗塞が再発して全身状態が悪化するとともに,Aの病状や治療による苦痛緩和の観点から機械的治療や内科的治療が断念されたことが原因となり,右後腹膜血腫が原因で出血性ショックが生じ,死亡するに至ったことも併せ考えれば,Aの上記死亡という結果の発生には,本件事故による傷害結果のみならず,Aの身体的素因としての既往症が相当に寄与しているのであって,本件事故の態様やそれによりAに生じた傷害の内容,Aの既往症の内容やそれがAの治療に及ぼした影響等を考慮すると,損害の公平な分担という見地から,4割の割合による素因減額をするのが相当である」とし,Aに関する損害額として別紙損害額一覧表の関連事件判決欄記載のとおりの額を認定した(ただし,同欄の記載は,関連事件判決の認定したAの損害に葬儀費用を含め弁護士費用を除いたものである。)。
(以上につき,甲5)
(5)損害の填補
ア 原告らは,被告から,本件保険契約に基づく人身傷害保険金として,次のとおり計128万5930円の支払を受けた。
(ア)戸籍関係文書料4950円
(イ)治療費(D病院)28万0980円
(ウ)内払(葬儀費)100万円
イ 原告らは,自賠責保険金2686万1658円の支払を受けた。
(6)原告らによる保険金の請求
ア 原告らは,令和元年9月6日,被告に対し,本件保険契約に基づく人身傷害保険金の支払を請求した(甲6及び弁論の全趣旨)。
イ 原告らは,令和2年4月30日,本件訴えを提起し,本件訴状の送達日は,同年6月12日である(当裁判所に顕著な事実)。
2 争点及び争点についての当事者の主張
(1)関連事件判決において認定された近親者慰謝料は,人身傷害保険の支払の対象となるか否か
(原告らの主張)
近親者慰謝料は,本件約款の損害費目にはない。しかし,「大阪地裁における交通損害賠償の算定基準第3版」55頁に「死亡慰謝料の基準額は本人分及び近親者分を含んだものである」とあることからも明らかなように,裁判所は,近親者慰謝料を亡くなった被害者本人の慰謝料の一部,少なくとも被害者本人の慰謝料に準ずるものと見ており,裁判所が損害と認定した近親者慰謝料も,約款にある保険契約者の死亡慰謝料に準ずるものとして,保険金が支払われるべきである。
(被告の主張)
近親者慰謝料は,本件約款上の損害費目に当たらないため,保険金支払の対象とはならない。
(2)本件限定支払条項の適用の可否
(被告の主張)
ア 本件約款は,本件限定支払条項を設けている。
その規定の趣旨は,自動車保険が事故による身体障害を担保するものであり,事故の時点で既に生じていた障害や疾病が影響したことにより,その傷害が重大となった場合には,その既に生じていた障害や疾病の影響を排除して,つまり事故と相当因果関係にある傷害に対してのみ保険金を支払うというものであり,被保険者の疾病を担保するのではないということにある。これは,傷害保険契約の本質に基づく当然の規定である。
そのため,「既に存在した身体障害または疾病の影響により,傷害の結果が重大となったときには,その影響がなかった場合に相当する金額が支払われる」ことになる(乙4・251頁)。
たとえば,「通常なら生命に別状のない程度の軽傷を負ったにすぎない被保険者が,以前から心臓疾患にかかっていたために死亡した場合,心臓疾患がなかったならば要したであろうと考えられる治療日数に対する医療保険金相当額が支払われ」,「他方,傷害と死亡または後遺障害等との間に相当因果関係があると認定された場合には,既存の身体障害または疾病の寄与度に応じて保険金の一部を減額して支払うことになる」(乙4・251頁)。
イ Aの死亡という結果発生には,本件事故による傷害結果のみならず,Aの身体的素因としての既往症が相当に寄与しているのであるから(甲5・34頁),既に存在していた身体障害または疾病の影響」は除いて評価される必要があり,その法的根拠が本件約款上の本件限定支払条項である。
(原告らの主張)
ア 本件限定支払条項は,事故によって「6」の傷害(「10」で死亡とする。「6」の傷害だけでは死亡しない。)を負ったが,被害者が「4」の疾病を抱えていたために,結果として「10」(6+4=10)になって亡くなったケースにおいて,「傷害保険」の性質から保険金でカバーするのは「6」の傷害に限られることを確認的に規定したものである。
したがって,事故によって被害者が致命傷を負って,その結果,被害者が亡くなった場合,つまり,事故と被害者の死亡との間に相当因果関係が認められる場合には,本件限定支払条項は適用されない。
また,素因減額は,損害を被害者と加害者とに公平に分担させるという損害賠償法の理念から認められるものであって,被害者と保険会社との間では,素因減額の場面ではなく,限定支払条項が素因減額を認めた規定であると解釈することはできない。
したがって,被告は,事故と相当因果関係がある結果(死亡)に対して保険金を支払うべきである。
関連事件判決においても,本件事故とAの死亡との間には相当因果関係があると判示し,Aが本件事故によって致命傷を負ったことを認めており,このことからすると,本件については,本件限定支払条項は適用できない。
イ 仮に,事故と結果との間に相当因果関係が認められる場合であっても本件限定支払条項を適用して保険金を減額できるとの見解を前提としても,Aは本件事故によって致命傷を負っているのであるから,「他の原因の影響がなかった場合に相当する金額」は,即死による損害額と大差のないものというべきで,死亡保険金を40%も減額することにはならないというべきである。
(3)遅延損害金発生の始期
(原告らの主張)
ア 原告らは,令和元年9月6日,被告に対し,人身傷害保険金の請求をした。したがって,同日を含めて30日が経過した日である令和元年10月6日からの遅延損害金の請求が可能である。
イ 被告の後記主張は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
(被告の主張)
ア 争う。遅延損害金は発生していない。
本件約款1-5・24条は(甲2・91頁)は,「当会社は,「請求完了日」からその日を含めて30日以内に当会社が保険金を支払うために必要な次の事項の確認を終え,保険金を支払います。」と規定しているところ,同約款は,保険金を支払うのに必要な資料がそろい,特別な照会・調査をしなくとも支払う保険金額が確定できるなら,速やかに保険金を支払うという趣旨にとどまり,本件のように限定支払条項が適用される事案なのか否かに争いがあり,それが裁判において争われているケースでは,言い渡された判決が確定して初めて支払う保険金額を算定し得ることになり,また,判決が確定した後も一定の保険金支払手続のための時間を要することを考えると,支払時期は判決確定の日を含めて30日以内と解するのが相当であって,これを徒過して初めて遅延損害金が発生するというべきである。
イ 時機に後れた攻撃防御方法との主張は争う。被告の主張は,訴訟の完結を遅延させるものではない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)(本件限定支払条項の適用の可否)について
事案に鑑み,まず,争点(2)から判断することとする。
(1)本件保険契約には,本件限定支払条項が設けられており,これは,当会社(被告)は,被保険者が傷害を被った時既に存在していた身体の障害又は疾病の影響により,傷害が重大となった場合は,その影響がなかったときに相当する金額を支払う旨のものである。
そして,関連事件判決に判示のとおり,本件事故がなければAが平成28年9月上旬に死亡することはなかったと推認され,本件事故とAの死亡との間の相当因果関係が認められる一方で,Aは,本件事故により,両側急性硬膜下血腫,左第7-8肋骨骨折,右腰動脈損傷,右後腹膜血腫等の傷害を負ったものの,本件事故当初,意識清明で重篤感はなく,救急搬送後も,血圧低下に対して緊急で止血措置が必要な部位はなく輸血での対応で可能と判断されており,その後,右L4腰動脈から血液漏出が認められたためにカテーテルによるコイル動脈塞栓術が施行されたにとどまるのであって,Aが,本件事故当時,直腸がんの肝臓及び肺への転移やこれに伴う肝機能及び肺機能の低下に加え,心房細動により血栓ができやすく,抗凝固剤であるワーファリンの服用が必要な状態でなければ,Aは,適切な治療を受けることによって,平成28年9月上旬に死亡することはなかったと推認されるもので,止血のために抗凝固療法を中断したことが原因で脳梗塞が再発して全身状態が悪化するとともに,Aの病状や治療による苦痛緩和の観点から機械的治療や内科的治療が断念されたことが原因となり,右後腹膜血腫が原因で出血性ショックが生じ,死亡するに至ったことも併せ考えれば,Aの上記死亡という結果の発生には,本件事故による傷害結果のみならず,Aの身体的素因としての既往症が相当に影響をしている(甲5)。
このことに照らすと,本件において,被保険者(A)が傷害を被った時既に存在していた身体の障害又は疾病の影響により,傷害が重大となった場合に当たるということができ,本件限定支払条項の適用があるものと認められ,Aの既往症の内容やそれがAの治療に及ぼした影響を考慮すると,その影響がなかったときに相当する金額としては,保険金額からその4割を控除した額と認めるのが相当である。
(2)この点,原告らは,①事故と被害者の死亡との間に相当因果関係が認められる場合には,本件限定支払条項は適用されない,②仮にそうでないとしても,Aは本件事故によって致命傷を負っているのであるから,「他の原因の影響がなかった場合に相当する金額」は,即死による損害額と大差のないものというべきである旨の主張をする。
しかしながら,上記認定のとおり,本件事故とAの死亡との間の相当因果関係が認められる一方で,Aの既に存在していた身体の障害又は疾病がなければ,Aは適切な治療を受けることができ平成28年9月上旬に死亡することはなかったことも推認できるものであり,このような事実関係の下においては,「既に存在していた身体の障害または疾病の影響」「により」「傷害の結果が重大となった場合」(本件約款1-3・11条1項1号)の規定文言に該当するといえるもので,本件において,本件限定支払条項が適用できる。
また,人身傷害保険は,事故による身体傷害を担保するものであるところ,本件限定支払条項は,事故の時点で既に生じていた障害や疾病が影響したことにより,その傷害が重大となった場合にはその既に生じていた障害や疾病の影響を排除して保険金を支払うというもので,これは被保険者の疾病を担保するのではないことを趣旨とする傷害保険契約の本質に基づく当然の規定であることに照らすと,事故の時点で既に生じていた障害や疾病が影響したことによりその傷害が重大となった場合,その既に生じていた障害や疾病の影響を排除して保険金が支払われることをもって,平均的な保険契約者の合理的な期待・利益を害するものとはいえず,このことは,事故と被害者の死亡との間に相当因果関係が認められることをもって左右されるものではない。
したがって,本件事故と被害者であるAの死亡との間に相当因果関係が認められることをもってその適用を排除できるものとはいえず,原告らの上記主張①は採用できない。
また,上記認定のとおり,Aの死亡という結果には,Aの身体的素因としての既往症も相当に影響をしているというべきであって,このことに照らせば,本件において「他の原因の影響がなかった場合に相当する金額」が即死による損害額と大差のないものとはいえず,原告らの上記主張②も採用できない。
(3)以上のとおりであって,本件においても本件限定支払条項の適用が認められ,上記影響がなかったときに相当する金額としては,保険金額からその4割を控除した額と認めるのが相当であると認められる。
2 争点(3)(遅延損害金発生の始期)について
本件約款1-5・24条1項は,「当会社は,請求完了日からその日を含めて30日以内に,当会社が保険金を支払うために必要な次の事項の確認を終え,保険金を支払います」と規定している(甲2)。
そして,原告らは,令和元年9月6日,被告に対し,人身傷害保険金の請求をしている(甲6)。これは,関連事件判決の言渡日(同月4日)後であり,被告が関連事件判決に係る訴訟に補助参加人として参加していたことにも照らすと,保険金を支払うために必要な確認のために,上記請求から30日を超える照会又は調査が必要であったとは認められない。
しかも,同条2項は,上記確認のために照会・調査が不可欠な場合は,1項の規定にかかわらず,所定の延長後の日数を経過する日までに保険金を支払うとしつつ,この場合において,「当会社は,確認が必要な事項およびその確認を終えるべき時期を被保険者または保険金を受け取るべき者に対して通知するものとします」と規定しているところ,このような通知がされたとする主張もないし,これを認めるに足りる証拠もない。
また,現に,被告が原告らに対して保険金の算定結果を令和元年10月15日付けで通知していること(甲7)に照らしても,本件に係る判決の確定まで保険金額の算定ができないということはできない。
これらの事実及び事情に照らすと,被告は,上記請求のあった令和2年9月6日を含めて30日以内に保険金を支払うべきであり,遅延損害金の始期を令和2年10月6日からであるとする原告らの主張は,これを採用することができ,これに反する被告の主張は採用できない。
なお,このように判断できることに照らすと,被告の上記主張は,訴訟を遅延させることとなるとまではいえず,時機に後れたものとして却下するまでもない。
3 請求可能額
(1)人身傷害条項に基づく保険金
本件約款1-3・6条は,損害額の決定に関し,原則として本件約款の定める損害額算定基準に従い算定した金額の合計額としつつ(同条1項本文),賠償義務者が負担すべき法律上の損害賠償責任の額を決定するにあたって,判決又は裁判上の和解において上記算定基準に従い算定した金額を超える損害額が認められた場合に限り,同損害額をこの人身傷害条項における損害額とみなすものとしている(同条3項本文)。
そして,本件において,本件約款による損害額算定基準に基づく損害額は,別紙損害額一覧表の本件約款欄記載のとおり2969万6162円であって,賠償義務者が判決によって算定された損害額は,同一覧表の関連事件判決欄記載のとおり3504万1699円であって,いずれにしても被告の認める3517万5899円を下回るものであって,被告の認める3517万5899円を前提とすることができる。
その上で,本件限定支払条項を適用してその40%分を控除すると,2110万5540円となる。
また,本件約款1-3・8条は,支払保険金の計算つき,同6条による損害額から自賠責保険金や既に取得したものがある場合はこれを控除して保険金額が算定されるとする(甲2)。
そして,本件における損害額2110万5540円は,原告らの受領した自賠責保険金2686万1658円を下回るものであることに照らすと,原告らは,人身傷害条項に基づく保険金を請求することができないことになる(このような帰結は,上記損害額に関連事件判決において認定された近親者慰謝料200万円を加算できると仮定して算定してみても左右されるものではなく,このことに照らすと,争点(1)はその判断を要しない。)。
(2)入通院定額給付金
入通院定額給付金(本件約款1-3・9条)につき10万円が認められる(上記第2の1(1)キ(ア))。
また,証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば,同10万円につき,被告は,原告らに対して既に支払済みであると認められる(すなわち,原告の主張する既払額393万8510円から,後期高齢者医療制度によってD病院に支払われた255万2580円(甲5・37頁),被告が人身傷害保険金の既払として主張する128万5830円を控除すると10万円となり,この10万円は「保険金算定のご案内」(甲7)には「定額給付金」とされているものの,その金額に照らして入通院定額給付金として支払われたものと解される。)。
(3)人身傷害死亡・後遺障害定額給付金特約に基づく保険金
本件保険契約において,人身傷害死亡・後遺障害定額給付金特約が付されており,傷害の直接の結果として被保険者が死亡した場合は,死亡定額給付金が支払われ,保険金額は保険証券に記載の保険金額をいうとされ,この保険金に関しても本件限定支払条項と同様の条項が設けられている(本件約款4-2。甲2・118~119頁)。そして,本件保険契約における人身傷害死亡定額給付金は,本件保険契約に係る保険証券に1000万円と記載されている(甲1)。
これらに照らすと,1000万円からその40%を控除した600万円が人身傷害死亡定額給付金として認められる。
(4)その他の定額給付金
原告らは,近親者慰謝料200万円,葬儀費150万円を定額給付金として主張するものの,本件保険契約に係る約款にその旨の記載があるとは認められず,これを定額給付金として認めることはできない。
(5)小括
したがって,原告らは,本件保険契約のうち人身傷害死亡・後遺障害定額給付金特約に基づく保険金600万円(各原告につき300万円)の支払を求めることができる。
第4 結論
以上によれば,原告らの請求は,本件保険契約に基づく保険金請求として,各原告につき300万円及びこれに対する令和元年10月6日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し,その余は理由がないからこれらをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第15民事部
裁判官 島田正人
〇大阪地裁令和3年2月17日判決・判例時報2506・2507合併号53頁
主 文
1 被告は,原告X1に対し,1354万2163円及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,1186万8534円及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X3に対し,1186万8534円及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 原告らと参加人との間において,参加人が平成28年1月11日から同月16日までの間に亡Aに対してした診療行為に関して,参加人の原告らに対する不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償債務がいずれも存在しないことを確認する。
6 訴訟費用は,(1)被告に生じた費用及び甲事件につき原告らに生じた費用はいずれもこれを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とし,(2)参加人に生じた費用及び乙事件につき原告らに生じた費用はいずれも原告らの負担とする。
7 この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
(1)被告は,原告X1に対し,3460万4581円及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告は,原告X2に対し,1861万6244円及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)被告は,原告X3に対し,1838万2290円及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件
主文第5項と同旨
第2 事案の概要
甲事件は,亡A(以下「本件患者」という。)の相続人である原告らにおいて,被告が開設・運営するB病院(以下「被告病院」という。)に入院した本件患者に,平成28年1月7日,経鼻胃管カテーテル(以下「本件チューブ」という。)の挿入留置が施行されたところ,本件チューブの先端が胃内に到達せず本件患者の食道に留まったままであったのに経鼻栄養をしたために食道内に注入された栄養剤が逆流して肺内に入り,加えて,本件チューブが咽喉頭部でトグロを巻いていたために胃内容物の誤嚥(吸引)が生じ,同月8日,本件患者につき誤嚥性肺炎を発症したのであるから,被告病院の医師は,本件患者に本件チューブによる栄養剤等の注入を中止して,抗生剤を投与し,適切な呼吸管理をすべき義務等があったのにこれを怠ったため,誤嚥性肺炎及び誤嚥(吸引)に起因する非心原性肺水腫により,同月16日,本件患者が転送先のC病院で死亡したと主張して,被告に対し,使用者責任又は債務不履行に基づいて,本件患者の逸失利益相当額等の賠償金(ただし,原告らの法定相続分の範囲内)及び原告らそれぞれに生じた固有の損害相当額の賠償金として,原告X1につき3460万4581円,原告X2につき1861万6244円,原告X3につき1838万2290円及びこれらに対する不法行為の日よりも後の日である同月16日から各支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
乙事件は,C病院を開設・運営する地方公共団体である参加人において,同病院における平成28年1月11日から同月16日までになされた本件患者に対する診療行為につき何ら過失はなかったと主張して,原告らに対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認を求めて独立当事者参加を申し立てた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,各項末尾掲記の証拠又は弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア 本件患者は,昭和19年○月○○日生まれの男性であり,平成28年1月16日,満71歳で死亡した。
原告X1は,本件患者の妻であり,原告X2及び原告X3は,いずれも本件患者の子である。
本件患者の法定相続分は,原告X1が2分の1であり,原告X2及び原告X3が各4分の1である。
(以上につき,争いがない,甲C1の1~3,弁論の全趣旨)
イ 被告は,被告病院を開設・運営している医療法人である。
D医師(以下「D医師」という。)は,平成28年1月当時,被告病院の院長であり,本件患者の主治医であった。
被告病院の主な診療科目は,精神科,神経科,心療内科,内科であり,病床数は,精神科病棟で232床,一般療養病棟で35床である。
(以上につき,争いがない)
ウ 参加人は,C病院を設置・運営する地方公共団体である(公知の事実)。
(2)診療経過
ア 本件患者は,平成21年,アルツハイマー型認知症と診断され,投薬治療を受けながら,原告X1による介護の下,自宅で生活をしていたが,平成27年1月頃には昼夜問わず徘徊するようになり,同年11月頃には暴力が始まり原告X1による制止が困難な状態になった(争いがない)。
イ 本件患者は,平成27年12月12日,認知症周辺症状の改善目的のため,被告と診療契約を締結の上,同月19日,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)21条1項に基づき,本件患者の同意の下,被告病院に任意入院したが,急性精神運動興奮等のため,不穏,多動,爆発性等が目立ち,一般の精神病病室では医療又は保護を図ることが著しく困難な状態となったことから,同日午後3時,隔離及び身体拘束の処置がとられた。
同月20日,本件患者に拒食が認められたため,同月21日,栄養補給及び体力回復のために点滴が開始された。その後も食事をほとんどとらないため,同月22日夕食から食事を止めて点滴量が増やされた。
本件患者の不穏,興奮,拒絶等の状態が継続していたため入院の必要性が認められたものの,本件患者の同意を得られなかった。そこで,原告X1の同意により,同月26日午前10時35分,精神保健福祉法33条1項に基づく医療保護入院に切り替えられた。
(以上につき,争いがない,乙A1,2,13,19,20,23から25,36,38,42,47,弁論の全趣旨)
ウ 平成28年1月6日(以下,年の記載がないものは平成28年の事実である。),本件患者に対する隔離処置が解除された(争いがない)。
エ 1月7日の状況等
(ア)午前10時,体温は37.5度であり微熱が見られた。
(イ)午前11時,身体拘束状態(体幹及び四肢の拘束)のまま,右鼻腔から,経鼻胃管カテーテル(ニューエンテラルフィーディングチューブ。本件チューブ)60cmが挿入留置され,栄養補給の方法が変更された。処置施行時の本件患者の表情は険しく,体動が激しく認められた。そのため,被告病院のスタッフ数名で押さえつけて本件チューブが留置された。
前記施行後に生食150mlと昼食後薬(白湯100mlに溶かしたもの)が,同日午後3時に生食100mlと白湯100mlが,同日午後6時に経鼻栄養及び眠薬が注入施行された。
(以上につき,争いがない,乙A36,38,39,42,47)
オ 1月8日の状況等
(ア)午前11時の体温は36.8度であったが,午後2時には体温38.4度,SpO2 96%,午後4時には38.2度,SpO2 96%,午後7時には37.0度であった。
午後8時30分には咳嗽が見られ,自力喀出するも口腔内に痰が貯留し,吸引が施行された。
(イ)午前7時,午後0時及び午後6時,それぞれ,メイバランス1p(1pは400ml。以下同じ。)と白湯400mlが注入施行された。
(以上につき,争いがない,乙A38,42,45〔6頁〕,47)
カ 1月9日の状況等
(ア)午前6時の体温は38.9度,SpO2は90%に低下した。
午前10時には体温38.0度,SpO2 82%となり,黄緑色粘稠痰の多量喀出が認められた。午前11時にも痰の多量喀出が見られた。午後2時には体温37.7度,SpO2 85%,湿性咳嗽が時々みられた。午後4時には体温38.5度,SpO2 81%,湿性咳嗽が見られ,黄緑色痰多量につき吸引処置が取られ,吸引後のSpO2は84%であった。午後7時には体温37.8度,SpO2 85%で,緑黄痰中等量が吸引された。
(イ)午前6時にメイバランスと薬剤の注入が中止されたが,午前11時20分に薬と白湯400mlが注入施行された。午後0時45分及び午後6時,それぞれ,メイバランス1pと白湯400mlが注入施行された。
(以上につき,争いがない,乙A38,42,47)
キ 1月10日の状況等
(ア)午前6時の体温は38.3度,SpO2は82%であった。
午前10時には体温38.1度,SpO2 81%,湿性咳嗽が見られ,淡々黄色粘稠痰多量につき吸引処置が取られた。
午後2時には体温37.9度,SpO2 84%,湿性咳嗽が見られ,淡々黄色粘稠痰多量につき吸引処置が取られた。午後4時には体温38.5度,SpO2 84%,午後7時には体温37.4度,SpO2 85%であった。
(イ)午前8時にメイバランス1pと白湯400mlが注入施行され,午前11時30分にメイバランス1pと白湯が注入施行され,午後3時に白湯400mlが補水され,午後6時に白湯400mlが注入施行された。
(以上につき,争いがない,乙A42,47)
ク 1月11日午前6時の体温は37.6度,SpO2は83%で,同日午前8時には白湯400mlが注入施行された。
しかし,同日午前10時には体温39.0度,SpO2 83%となり,肺湿性音は左>右であり,本件患者の元気がないことから,当直医であったE医師は,肺炎を疑い,本件チューブからの注入をやめるように指示し,同日午前10時30分,抗生剤の経静脈投与とともに,SpO2 90%を目標として,酸素投与が開始された。
同日午後7時にはSpO2が回復しなければ転送することが検討され,同日午後9時に拘束が解除されてC病院に救急搬送された。
(以上につき,争いがない,乙A26,36,42,47)
ケ 本件患者は,1月11日午後9時過ぎ,C病院に救急入院した。その際,被告病院で挿入された本件チューブは抜去されないままであった。
本件患者につき緊急で胸腹部CT検査が実施されたところ,両側上下葉,中葉背側に広範な浸潤影が,両側下葉は腹側の一部を除いて全体に浸潤影が見られ,誤嚥性肺炎が疑われた。
また,C病院の同日のカルテには,胸腹部CT検査により,本件チューブは本件患者の胃内に到達していないとの記載がある。(甲A1〔7頁〕)
本件患者は,1月16日午前1時43分,C病院入院中に死亡した。
(以上につき,争いがない,甲A1,C4,乙A30)
(3)病理解剖報告書
C病院病理診断科は,1月16日,本件患者につき病理解剖を実施した。4月16日付け病理解剖報告書(甲A9,10。以下「本件病理解剖報告書」という。)には,次のとおりの記載がある。
ア 主診断
びまん性肺胞障害(DAD)(左1070g,右1350g)
進行胃がん
イ 副診断
(ア)心肥大(520g,凝血塊を含む。)
(イ)反応性リンパ節過形成(縦隔・気管分岐部)
(ウ)慢性甲状腺炎
(エ)大動脈粥状硬化症(中等度)
(オ)胆嚢コレステロール症
(カ)肝脂肪沈着
ウ 診断
直接死因は,DAD(臨床的にはARDS)による呼吸不全と推察される。ARDSの発症と誤嚥の関係が疑われるも,明瞭な誤嚥物が確認されなかったことから断定は困難であった。なお,臨床所見と心肥大の肉眼像から心機能低下の状態であったことが示唆され,間接的に死因に関与した可能性がある。
(以上につき,甲A9,10。ARDSについては,後記(4)イ(ウ)に記載)
(4)医学的知見
ア 誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎とは,嚥下障害又は誤嚥が証明された(あるいは強く疑われた)症例に生じた肺炎をいう。(甲B2)
イ 肺水腫
(ア)肺水腫とは,血液の液体成分が,肺胞の周りに取り巻く網目状の毛細血管から肺胞内にしみ出した状態をいう。肺胞の中に液体成分が貯まるため,肺で酸素の取り込みが障害され,重症化すると呼吸不全に陥ることがある。
肺水腫には,心原性のものと,非心原性のものとがある。
(イ)心原性肺水腫とは,心臓に原因がある肺水腫であり,何らかの原因で心臓の左心室から全身へ血液を送り出す力が低下し,血液が肺に過剰に貯留する病態をいう。
(ウ)非心原性肺水腫とは,心臓以外の原因で生じる肺水腫である。その中でも急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は,重症肺炎,敗血症,胃内容物の誤嚥等に続発して発症するものであり,高度な低酸素血症を呈する重篤な病態である。
(以上につき,甲B21,乙B1)
(5)訴訟告知
原告は,甲事件に係る訴訟手続において,参加人に対して訴訟告知をし,同告知書は,平成30年2月14日,参加人に送達された。
参加人は,同年3月29日,原告を相手方として,主文第5項記載の債務不存在確認を求めて,独立当事者参加をした(乙事件)。
(以上につき,当裁判所に顕著)
2 争点
(1)甲事件
ア 本件患者はいかなる機序により死亡したか(争点1)
イ 被告病院の医師は,本件患者を誤嚥性肺炎と診断してそれに適した治療をすべき義務に違反したか,及び相当因果関係(争点2)
ウ 被告病院の医師は,本件チューブが胃内に到達しているか確認すべき義務に違反したか,及び相当因果関係(争点3)
エ 損害(争点4)
オ 素因減額(争点5)
(2)乙事件
参加人の本件訴えに確認の利益が認められるか(争点6)
3 争点をめぐる当事者の主張
(1)争点1(本件患者はいかなる機序により死亡したか)について
(原告らの主張)
ア(ア)本件患者に対して本件チューブが1月7日に挿入されたが,本件チューブが咽喉頭部でトグロを巻き,その先端は胃内に到達せず食道に留まったままであった。
そうであるのに,被告病院の医師は,前提事実のとおり,本件チューブを通じて栄養剤等の注入を施行したため,注入された栄養剤等が肺内に逆流し,同月8日,誤嚥性肺炎を発症した。
さらに,本件チューブが咽喉頭部でトグロを巻いていたため,本件患者は,胃内容物を誤嚥(吸引)し,同月8日,化学性肺炎(狭義の誤嚥性肺炎)を発症した。
(イ)本件患者は,1月8日に肺炎を発症し,同月9日以降は38度以上の発熱,90回/分以上の頻脈が続き,同月10日に更に頻呼吸も認められたのであるから,同月9日には敗血症と診断される状態であった。
(ウ)本件患者は,前記(ア)の誤嚥性肺炎の重症化又は胃内容物の誤嚥(吸引)に起因してARDSを発症した。
または,前記(イ)の敗血症に起因してARDSを発症した。
そして,本件患者は,ARDSの結果,低酸素脳症により死亡した。
イ 前記ア(ア)から(ウ)のとおりの機序とする理由は,次のとおりである。
(ア)C病院で1月11日に実施されたCT検査の結果,本件チューブは本件患者の咽喉頭部でトグロを巻き,その先端部は左横隔膜を超えておらず,食道下端の胸腔内に位置していた。胃管に挿入したチューブは,長期間の経過によってたわんだり,嘔吐によってトグロを巻いたりすることはあるが,本件患者に本件チューブが挿入されたのは同月7日であるのであるから,4日しか経過していない同月11日の時点で時間の経過により咽頭部でトグロを巻くとは考えられないし,本件患者に嘔吐もなかった。
C病院で1月11日に実施された胸部CT検査では,両側上下葉,中葉背側に広範な浸潤影が認められ,このような肺炎の状態の悪さは,短期間に誤嚥を繰り返していたことを裏付けるところ,本件チューブが適切な位置に設置されていた場合,短期間に誤嚥を繰り返すとは考え難い。
これらからすれば,本件チューブが挿入された当初から,本件チューブが咽喉頭部でトグロを巻き,その先端は胃内に到達せず食道に留まったままであったといえる。
(イ)前記(ア)の状態でありながら,本件チューブを通じて栄養剤等の注入が施行されたため,注入された栄養剤等が肺内に流入した。
また,咽頭粘膜や舌根部への刺激等で嘔吐反射が生じることは経験的に認められるところ,本件患者の咽喉頭部にトグロを巻いた本件チューブという異物が存在したことから,嘔吐反射により,胃食道逆流が生じ,胃から逆流した胃内容物が肺内に流入した。
(ウ)C病院は,本件患者につき,1月11日,誤嚥性肺炎であると診断し,被告病院でも,同日,誤嚥性肺炎の疑いを認め,同月10日及び同月9日には,発熱,喀痰,咳嗽,頻脈,呼吸不全の肺炎所見が認められ,同月8日には,発熱,喀痰,咳嗽の肺炎所見が認められる。
そして,発熱,喀痰,咳嗽という肺炎の症状が生じたのは,肺炎を惹起し得る経管栄養が開始された同月7日の翌日であることからすれば,本件患者は,同月8日,肺炎を発症したと考えるのが合理的である。
(エ)本件病理解剖報告書には,前提事実(3)ウのとおり,明瞭な誤嚥物は確認されなかった旨が記載されているが,それは,本件患者の肺が激しく損傷されていたために内容物の特定ができないという趣旨であり,前記記載によって,注入した栄養剤や胃内容物が肺内に逆流したことは否定されない。
(被告の主張)
ア(ア)本件患者に1月7日に本件チューブが挿入された際,本件チューブの先端は胃内に適切に位置していた。
(イ)本件患者が1月8日に肺炎を発症していたか否かは明らかではない。もっとも,遅くとも1月11日には肺炎を発症したが,その原因として,本件チューブから注入した栄養剤等が肺内に逆流したことにより肺炎を発症した(特定原因誤嚥性肺炎)ということはあり得ない。それ以外の原因は鑑別ができておらず不明である。
(ウ)慢性心不全の状態であった本件患者は,1月11日の時点で,肺炎がきっかけとなり,慢性心不全が急激に増悪して急性心不全の状態となっていた。C病院に搬送後,さらに状態が悪化し,心原性肺水腫とARDS合併の肺水腫に至り,同月16日,呼吸不全により死亡した。
なお,ARDSの原因疾患は不明である。
イ 前記ア(ア)から(ウ)のとおりの機序とする理由は,次のとおりである。
(ア)被告病院では,経管栄養開始時にあたって,ベッドのギャッジアップ,気泡音及び胃内容物の確認を行っており,このことは,本件チューブが胃内に到達していたことを裏付ける。また,1月11日午後2時の体温は38.6度であり,同日午後2時30分に本件チューブにより解熱剤であるカロナールが注入されているところ,同日午後6時には36.8度まで解熱しており,このことからも本件チューブの先端が胃内に到達していたといえる。
本件チューブは,スタイレット(チューブ内に挿入されている金属製の線で,チューブ挿入後に引き抜く。)が付属しており,本件チューブの挿入時はスタイレットと共に挿入するのであるから,物理的に見て,本件チューブがねじれたり輪になったりしにくい。もっとも,スタイレット抜去後は,咳嗽,嘔吐,喀痰吸引,体動等の刺激等の何らかの要因で,本件チューブがねじれて輪になる可能性があるところ,本件患者は,同日午後7時,呼吸管理として経口エアウエイが挿入されており,この処置の際の刺激で,本件チューブが頸部でねじれた可能性がある。また,同日,C病院に救急搬送される際の体位変化によって,本件チューブが頸部でねじれた可能性がある。
(イ)発熱,喀痰,咳嗽は,肺炎以外にも生じる症状である。原告らが主張する症状をもって1月8日に肺炎以外はあり得ないと判断することはできない。
また,前記(ア)に加え,本件病理解剖報告書に記載のとおり,明瞭な誤嚥物は確認されなかったのであるから,本件チューブから注入された栄養剤等が肺内に逆流したために肺炎を発症した(特定原因誤嚥性肺炎)ということはあり得ない。
(ウ)本件病理解剖報告書に記載のとおり,本件患者がARDSの病態にあったことは認められる。ただし,ARDSの原因疾患として,本件チューブから注入された栄養剤等が肺内に逆流したことに起因する肺炎(特定原因誤嚥性肺炎)は,前記(ア),(イ)のとおり,あり得ない。それ以外の原因疾患として,例えば胃内容物,特に胃酸の誤嚥(吸引)による化学性肺炎に起因する肺炎の可能性は否定できないが,結局は不明である。
前記ARDSのほかに,本件病理解剖報告書によれば本件患者に心肥大が認められ,既往歴として心不全の原因となる中枢性睡眠時無呼吸症候群と高血圧があり,これらからすれば,本件患者は,診断はないが慢性心不全の状態であり,ささいなきっかけから急性心不全を起こし,肺うっ血となり,心原性肺水腫に至ったと考えられる。
このように,本件患者は,心原性肺水腫とARDSを合併していたのであるから,直接死因は呼吸不全であり,その原因は肺水腫であるというべきである。
(2)争点2(被告病院の医師は,本件患者を誤嚥性肺炎と診断してそれに適した治療をすべき義務に違反したか,及び相当因果関係)について
(原告らの主張)
ア 義務の発生
(ア)a 本件患者には,1月7日,本件チューブが挿入され,栄養剤等の注入が開始された。
本件患者は,被告病院に入院後の平成27年12月28日午後2時に体温が38.1度に上がったものの,それ以降は発熱したとしても時折37度台の微熱が出る程度であったが,本件チューブを挿入した翌日の1月8日午後2時には38.4度という高熱を出し,同日午後4時の時点でも38.2度であり,本件チューブ挿入後の発熱状況は,挿入前のそれとは明らかに異なっていた。
1月8日までは重い咳の症状はなかったが,同日には咳嗽という肺炎の所見が生じた。さらに,同日午後2時,脈は90回/分まで上昇し,頻脈状態であった。
b 「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」(平成23年。甲B1)によれば,誤嚥をきたしやすい病態として,「経管栄養」が挙げられている。
「呼吸器科第14巻1号 特集 新・成人院内肺炎診療ガイドラインについて」(平成20年。甲B2)によれば,誤嚥性肺炎は,明らかな誤嚥(顕性誤嚥)の確認,誤嚥が強く疑われる病態の確認又は嚥下障害の存在と肺の炎症所見の確認によって診断されるものであるところ,嚥下障害を確認した患者に発症する肺炎で,それ以外の明らかな原因が考慮されない場合は誤嚥性肺炎と診断してよいとされており,嚥下機能障害の可能性を持つ病態として,「経鼻胃管」が挙げられている。
また,前記ガイドライン(甲B2)によれば,肺炎所見として,「発熱,喀痰,咳嗽,頻呼吸,頻脈」が挙げられている。
c 前記bの医療水準を前提に,前記aの事実経過を踏まえれば,被告病院の医師は,本件患者が,1月8日,誤嚥性肺炎を発症したと診断できた。
(イ)総合内科専門医であるF医師(以下「F医師」という。)によれば,経管栄養開始後に咳嗽や発熱等が生じた場合,誤嚥性肺炎の可能性を念頭に入れて,肺炎の検索と共に,経管栄養の中止をするのが当時の被告病院における医療水準である(甲B13)。
(ウ)前記(ア)及び(イ)によれば,被告病院の医師には,1月8日の時点で,本件チューブによる栄養剤等の注入を中止し,肺炎の初期治療として抗生剤を投与して,呼吸管理をすべき義務が生じた。
イ 義務違反行為
しかるに,被告病院の医師は,前提事実(2)オ(イ)のとおり,1月8日,本件チューブによる栄養剤等の注入を中止せずに,メイバランス1pと白湯400mlを3度にわたり注入施行した。
ウ 相当因果関係
院内肺炎に関する調査において,初期治療開始30日後の死亡率は19.8%であるから(甲B7),被告病院の医師が1月8日に本件チューブによる栄養剤等の注入を中止し,抗生剤の投与及び呼吸管理という肺炎の初期治療を開始していれば,本件患者が死亡しなかった高度の蓋然性が認められる。
また,本件患者は,ARDSの病態に陥り,その結果,低酸素脳症により死亡したところ(前記(1)原告らの主張ア(ウ)),ARDSの原因疾患の十分な治療がARDSの予防と治療につながる(甲B10)。そして,その原因疾患は,誤嚥性肺炎と敗血症であるが(前記(1)原告らの主張ア(ウ)),誤嚥性肺炎の治療については,前記のとおりである。敗血症についても,原因となっている病態に対する治療が基本であり(甲B9),同様に誤嚥性肺炎に対する治療がなされれば,敗血症の進展を防ぐことができた。したがって,被告病院の医師が1月8日に本件チューブによる栄養剤の注入を中止して,肺炎の初期治療をしていれば,本件患者がARDSに陥ることはなかったから,本件患者が死亡しなかった高度の蓋然性がある。
(被告の主張)
ア 義務の発生
(ア)a 本件患者の症状については認める。
b 医学文献の記載は認める。
c 前記(1)被告の主張イ(イ)のとおり,発熱,喀痰,咳嗽は,肺炎以外にも生じる症状であるから,1月8日までに原告らが主張するような症状が見られたからといって,同日に肺炎と診断することはできなかった。
(イ)F医師の指摘する医療水準は,一般的な場合を想定するものであり,全てのケースに妥当する見解ではなく,実際の現場では,患者個々の背景を考慮して,個別的に判断するほかない。栄養障害が進行すると,組織・臓器の機能不全を引き起こして創傷治癒が遅延し,免疫能が低下して感染性合併症が発生しやすくなり,原疾患の治癒障害又は悪化をもたらし,さらに治療に対する反応性も低下することからすれば(乙B8),本件における被告病院の医療水準は,肺炎対応のみならず,栄養治療の重要性をも総合考慮されたものでなければならない。
(ウ)本件患者につき1月8日に誤嚥性肺炎を発症したか否か明らかでない上に,仮に誤嚥性肺炎の発症を診断できたとしても,本件患者は入院時から拒食があり飲水も困難な状況であったため平成27年12月21日から1月7日まで2週間以上点滴が持続し,点滴の自己抜去によるリスクもあり,栄養状態のさらなる悪化を懸念し同日に経管栄養を開始したのであるから,同月8日以降,経管栄養を中止することによる本件患者の免疫機能の低下リスクやQOLを考慮して,経管栄養を継続し栄養状態の改善を優先させることは本件当時の被告病院の医療水準を逸脱するものではない。また,経腸栄養が禁忌とされているのは,汎発性腹膜炎,腸閉塞,難治性嘔吐,麻痺性イレウス,難治性下痢,活動性の消化管出血等に限定されているところ(乙B8),本件ではそのいずれの禁忌にも該当しない。
そうすると,被告病院の医師に原告らが主張するような義務は生じない。
イ 義務違反行為
原告らが主張するような義務は生じていないのであるから,義務違反行為を観念できない。
ウ 相当因果関係
(ア)仮に被告病院の医師に義務違反が認められるとしても,原告らが指摘する院内肺炎に関する調査(甲B7)は,院内肺炎の解析に基づく新たな重症度分類の設定であり,当該資料に基づくと,本件患者は重症群に入り,死亡率は40.8%となっている。また,当該資料は,認知症や心不全等の合併は吟味されていない。
また,原告らは,抗菌剤を投与すべきであったと主張するが,抗菌薬の副作用や耐性菌の発生等のリスクを想定していない。
さらに,原告らは,化学性肺炎を発症したと主張しながら,その合併の死亡率について検討していない。
そうすると,原告らが主張するとおりに1月8日に本件チューブによる注入を中止して肺炎に対する初期治療を実施したとしても,本件患者が死亡しなかった高度の蓋然性は認められない。
(イ)本件患者は,前記(1)被告の主張ア(ウ)のとおり,C病院に搬送された当時,心原性肺水腫とARDSを合併した病態に陥っており,C病院において,適切な呼吸管理(NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)又は経口・経鼻気管挿管による人工呼吸)を行っていれば,本件患者を救命できた可能性がある。
しかるに,原告らは,本件患者に対する肺水腫の治療を拒み,その結果死亡したのであるから,被告の過失と結果との間に相当因果関係はない。
(3)争点3(被告病院の医師は,本件チューブが胃内に到達しているか確認すべき義務に違反したか,及び相当因果関係)について
(原告らの主張)
ア 義務の発生
(ア)被告病院の医師は,本件患者に対し,1月7日午前11時に本件チューブを挿入し,同日午後3時に生食150mlと白湯100mlが注入施行され,同日午後6時に経鼻栄養及び夕薬が注入施行された。
(イ)「月刊ナーシング2013年5月号」(平成25年。甲B5)によれば,カテーテル挿入後の確認について胃部気泡音聴取のみで行わないようにすること,複数の方法と人数で挿入を確認すること,チューブ挿入後経管栄養開始前には,必ずX線撮影の上,位置を確認することが必要であることが記載されており,カテーテル先端位置の確認方法として,胃泡音の確認,胃内容物の吸引・PH測定,X線撮影による確認,呼気炭酸ガス検出法が挙げられている。
「看護技術プラクティス(第3版)」(平成26年。甲B6)によれば,経鼻栄養チューブが胃内にあることを確認するため,聴診器を心窩部にあて,カテーテルチップシリンジをチューブに接続して吸気を注入し,気泡音を聴取できるかどうか確認すること,胃部の気泡音聴取を確認するだけでは不十分なため,複数の方法を行って確認すること,胃内容物を吸引しPH試験紙で5.5以下であれば,胃に挿入されていると確認できることが記載されている。
(ウ)前記(イ)の医療水準を前提に,前記(ア)の事実経過を踏まえれば,被告には,1月7日の本件チューブの挿入時において気泡音と胃内容物の確認及びX線による位置確認をすべき義務が,同日の注入施行時において気泡音と胃内容物の確認を実施すべき義務が生じた。
イ 義務違反行為
しかるに,被告は,本件チューブの挿入時に,気泡音と胃内容物の確認及びX線による位置確認をしなかった。
また,1月7日午後6時に気泡音の確認はしたものの胃内容物の確認は行わず,同日午後3時の注入時には気泡音と胃内容物の確認を行わなかった。
ウ 相当因果関係
被告が義務を果たしていれば,本件チューブからの栄養剤等の注入には至らず,したがって,本件患者が誤嚥性肺炎を発症することもなかったのであるから,本件患者が死亡しなかった高度の蓋然性がある。
(被告の主張)
ア 義務の発生
(ア)原告らが主張する事実経過は認める。
(イ)医学文献の記載は認める。
もっとも,原告らの主張する医療水準は,健常者を前提としている。アルツハイマー病により,不穏多動な状態で身体拘束が必要な患者には,X線撮影は困難であり,これを行うことは医療水準ではない。
(ウ)前記(イ)の医療水準からすれば,原告らが主張する1月7日の本件チューブ挿入時の義務のうち,気泡音と胃内容物の確認をすべき義務があることは認めるが,X線撮影による位置確認をすべき義務はない。
他方,原告らが主張する同日の栄養剤等の注入施行時の義務は認める。
イ 義務違反行為
(ア)被告は,本件患者に本件チューブを挿入した際,気泡音と胃内容物の確認を行った。
(イ)被告は,ベッドのギャッジアップ,気泡音確認,胃内容物の確認を行った後,注入を開始することが一連のルーティンであり,本件患者に対しても注入にあたりこれら確認を実施した。
看護記録に記載がないとしても,一連のルーティンであるために記載を省略したものであり,前記確認は実施した。
ウ 相当因果関係
前記(2)被告の主張ウ(イ)のとおり
(4)争点4(損害)について
(原告らの主張)
ア 本件患者に生じた損害
原告らは,次の損害に係る請求権を法定相続分に応じて,相続した。
(ア)逸失利益
a 主位的主張(労働分) 2319万0216円
平成26年の70歳以上の男性の年平均賃金352万6600円を基礎とし,平均余命までの年数分(該当するライプニッツ係数9.394)について,3割の生活費控除をしたもの(1円未満切り捨て。以下同じ。)
b 予備的主張(年金分) 2527万2127円
仮に,本件患者に就労可能性が認められないとしても,本件患者は,厚生年金法に基づく老齢厚生年金(平成27年分につき261万7462円)及びフランスの制度に基づいて支給される年金(以下「フランス年金」という。平成27年分につき円換算した結果は122万5740円)を受給していたから,ライプニッツ係数及び生活費控除率について前記aと同じ数値を用いて計算したものは,逸失利益として認められるべきである。
(イ)死亡慰謝料 3500万円
(ウ)葬儀費用 197万2672円
(エ)葬儀関連費 55万2307円
(オ)墓石・工事費等 397万円
(カ)入院治療費 19万8140円
(キ)入院雑費 5827円
イ 原告らの固有の損害
(ア)原告らそれぞれ
弁護士費用 216万円(一人当たり)
(イ)原告X2
交通費等 23万3954円
原告X2は平成28年1月当時名古屋に単身赴任中であったところ,平成28年1月12日から同年8月8日までの間,別紙「日付」欄記載の日に,「備考」欄記載の用向きで,同「概要」欄記載の費用として,同「金額」欄記載の金員を支払った。これらの費用の合計23万3954円は,被告病院の医師の過失と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
ア 逸失利益について
本件患者は,平成27年1月以降,アルツハイマー型認知症により昼夜を問わず徘徊するようになっていたのであって,就労可能性は認められないから,就労を前提とした逸失利益は観念できない。
また,年金については,老齢厚生年金が逸失利益を構成することは認めるが,フランス年金が逸失利益に当たることは否認する。なお,子が独立した後の原告X1と本件患者の年金による生活という観点からは,生活費控除率は5割とみるべきであるし,原告X1が受給した遺族厚生年金の受給額については,損害額から控除されるべきである(最高裁平成16年12月20日・集民215号987頁)。
イ 葬儀費用,葬儀関連費,墓石・工事費等について
葬儀・埋葬をするかどうかやその内容は遺族や祭祀承継者の自由な意思に基づくものであるし,人は必ず死亡するのであるから標記の費用はいずれ必要な費用である。したがって,標記の費用は,特段の事情がない限り,被告病院の医師の過失と相当因果関係のある損害とはいえない。
ウ 原告X2の固有の損害としての交通費等について
一般的に,葬儀に参列するかどうかは当該遺族の自由な意思に基づくものであるし,人は必ず死亡するのであるから,葬儀に参列する費用はいずれ必要な費用である。また,故人と離れて生活していればそのような費用は当然に発生するものであるから,これを特別の費用とみる余地もない。したがって,標記の費用は被告病院の医師の過失と相当因果関係のある損害とはいえない。
エ 上記アないしウ以外の費目について
いずれも争う。
(5)争点5(素因減額)
(被告の主張)
本件患者は,誤嚥性肺炎発症以前から,慢性心不全,胃がん,栄養不良が存し,これらは,本件患者の病態に影響し,死亡の結果に寄与している。
これらの慢性心不全,胃がん,栄養不良は,誤嚥性肺炎治療の対象外であり,原告らが主張する被告の過失と無関係であることからすれば,本件患者に生じた損害に対する被告の損害賠償額は,慢性心不全,胃がん,栄養不良の寄与度分を減額すべきである。
(原告らの主張)
ア 本件患者が慢性心不全であったとの事実は否認する。
仮に,本件患者に心機能低下が認められるとしても,加齢に伴う心肥大が発見された程度に過ぎず,本件患者の死亡に寄与したとはいえない。
イ 胃がんは早期のものであり,本件患者の死亡に寄与したとはいえない。
ウ 栄養不良であったとの事実は否認する。そもそも,栄養不良とは,疾患に当たらない体質的素因であるから,素因減額の要因にはならない。
(6)争点6(参加人の本件訴えに確認の利益が認められるか)について
(参加人の主張)
原告らは,本件訴訟において,参加人に訴訟告知をした際,甲事件において誤嚥性肺炎の発症が否定され,C病院における肺水腫に対する治療の懈怠が本件患者の死亡原因であるとして,原告らが敗訴した場合,C病院の肺水腫の治療懈怠について,参加人に対し,損害賠償請求をなし得るとした。そうすると,甲事件において,本件患者の誤嚥性肺炎の発症を否定して敗訴すれば,原告らが,参加人に対し,損害賠償請求をする意思を有していることは明らかである。
したがって,参加人の法的地位は,原告らから損害賠償請求を受ける危険や不安定さが現存しており,これを解消するためには債務不存在の確認判決を得ることが必要かつ適切であるから,参加人の本件訴えに確認の利益が認められる。
(原告らの主張)
原告らは,参加人に対し,現時点で損害賠償請求をする意思がないのであるから,参加人の訴えには確認の利益がない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
(1)本件患者は,平成27年12月19日午後3時以降,不穏や多動が顕著であるとの理由で,他から隔離され,身体拘束を受けていた。(乙A19,20,38)
(2)本件患者の体温は,平成27年12月30日から1月7日午前中までの間は,ほぼ36度台で推移していた。(乙A38〔8~9頁〕)
1月9日午前6時頃,本件患者につき発熱が継続しており(同時点の体温は38.9度),SpO2も低下していること(同時点では90%)等の状況報告を受けた当直医は,メイバランス等の経鼻注入を主治医の指示があるまで中止する旨を指示した。もっとも,主治医であるD医師によって経鼻注入の継続が指示されたため,同日午前11時20分には,薬剤や白湯の注入が再開され,その後も経鼻注入は継続された。なお,同日午前10時16分頃の入院診療録には,診察の結果,本件患者の状態につき,「著変なし」と判断された旨の記載がある一方,本件患者に喀痰や発熱,SpO2の低下が生じていたことについて医師がいかなる検討をしたかについての特段の記載はない。(乙A36〔15頁〕,A42〔17頁〕,A47〔17頁〕)
(3)1月11日午後9時に本件患者がC病院に救急搬送された後,C病院で頸部CT検査が実施されたところ,本件チューブが本件患者の咽喉部でトグロを巻いている状態であることが確認された(甲A5)。
(4)本件患者の救急搬送を受けたC病院の担当者は,原告X1に対し,呼吸管理のため,気管切開をして本件患者に人工呼吸器を装着することについての意向を尋ねたが,原告X1は,本件患者が生前,延命治療は拒否する意思を示していたことから,これを希望しない旨を回答した。そのため,本件患者については肺の貯留物の除去や,気管切開による呼吸管理等の侵襲的な治療行為は行われなかった。(甲A1〔2頁〕,C26〔6~7頁〕,C28〔10頁〕,原告X1〔8~9,16頁〕,原告X3〔5頁〕)
(5)C病院における病理解剖の結果,本件患者の肺は左1070g,右1350gと両側とも著明な重量増加が認められたが,誤嚥物と判断し得る明らかな構造物の発見には至らなかった。(前提事実(3),甲A10)
(6)本件チューブの説明書には,使用方法に関連する使用上の注意として,チューブ挿入時及び留置中においては,チューブの先端が正しい位置に到達していることをX線撮影,胃液の吸引,気泡音の聴取又はチューブマーキング位置の確認等の複数の方法で確認する必要があることが明記されている。また,経鼻チューブを留置する際には,チューブの先端が胃の中に届いていることを確認するため,聴診器を心窩部に当て,気泡音を聴取できるか確認する必要があるが,気泡音聴診のみでの確認では誤挿入に気付かない場合があるとされる(乙A49〔2枚目〕,甲B6〔178頁〕)。
(7)「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」(平成23年)によれば,誤嚥をきたしやすい病態として,「経管栄養」が挙げられている(甲B1)。
また,稲田晴生「誤嚥性肺炎の診断・治療と予防」(平成13年)には,高齢者の肺炎は,発熱,喀漱,痰,胸痛等の典型的症状を欠くことが珍しくなく,低酸素血症による呼吸数増加,精神症状(傾眠,せん妄,見当識障等)や活動性の低下のみ示すこともあり,誤嚥が疑われる患者でこのような症状を示す場合に,誤嚥性肺炎の潜在を常に念頭におく必要があるとの知見が述べられている(甲B14の3〔68頁〕)。
(8)さらに,平成20年発行の雑誌の中には,誤嚥性肺炎は,明らかな誤嚥(顕性誤嚥)の確認,誤嚥が強く疑われる病態の確認又は嚥下障害の存在と肺の炎症所見の確認によって診断される旨のほか,嚥下障害を確認した患者に発症する肺炎で,それ以外の明らかな原因が考慮されない場合は誤嚥性肺炎と診断してよいとし,嚥下機能障害の可能性を持つ病態として,「経鼻胃管」を挙げ,肺炎所見として,「発熱,喀痰,咳嗽,頻呼吸,頻脈」を挙げる見解が紹介されている。(甲B2〔39~42頁〕)
(9)ARDSと診断された場合には,適切な輸液,感染の防御とともに,酸素療法を行うことが治療の基本となるとされるが,ARDSの原因疾患に対する十分な治療がARDSの予防と治療につながるとされている(甲B10)。
また,平成14年6月から平成16年5月に日本国内において実施された院内肺炎に関する調査(254施設,1356例)において,初期治療開始30日後の死亡率は19.8%であった旨の報告がある(甲B7)。
(10)F医師は,経管栄養開始後に喀咳や発熱等を生じている場合には誤嚥性肺炎の可能性を念頭に入れて肺炎の原因を調べるとともに肺炎の原因となっている可能性のある経管注入を中止する必要がある,高齢者の肺炎の多くは診断や治療の開始が遅れやすく,免疫機能が低下しているために,治療開始の遅れは予後不良となることが多いため,速やかに胸部X線検査や血液検査,喀痰細菌検査等を実施した上で,肺炎の原因として考えられる起因菌に対する治療(推定される菌種に対する抗菌治療)を開始する必要があるとの知見を述べ,本件患者に対しては,経管栄養開始までは経静脈的に,点滴によって水分や栄養を投与できていたため,本件チューブによる栄養投与を一時的に中止することは可能であったところ,本件患者の全ての肺葉に背側を中心として浸潤陰影があり,短期間に誤嚥を繰り返していたことがうかがわれることからすると,本件チューブが留置された後,経管栄養を早期に中止すべきであった,経管栄養を早期に中止し,一時的に経静脈栄養を実施していれば,肺炎が重症化しなかった可能性があった,また,1月8日以降,本件患者の症状等に照らして誤嚥性肺炎を疑うことは可能であって,日本呼吸器学会が発行する成人院内肺炎診療ガイドラインにおける生命予後予測因子の個数に基づけば,同月9日午前10時頃までに経管栄養の中止と肺炎症状に対する治療が行われていれば,80%近くの確率で死亡を回避できたとの医学的知見を述べている。(甲B13〔2~3,5~6,10,13,14頁〕)
2 争点1(本件患者はいかなる機序で死亡したか)について
(1)ア 前提事実及び認定事実によれば,本件チューブは,1月7日午前11時頃,本件患者の表情が険しく,また,体動が激しく認められる中,スタッフ数名で本件患者の身体を押さえつけて留置されたものであり(前提事実(2)エ(イ)),同月11日午後9時頃にC病院に救急搬送される際も取り外されることなく,少なくとも,当該救急搬送時にC病院で実施された胸腹部CT検査の時点では本件患者の胃に届いていなかった上(前提事実(2)ケ),その際における頸部CT検査の時点では咽頭部でトグロを巻いている状態であったこと(認定事実(3))が,それぞれ認められる。
イ これに加えて,本件患者は,平成27年12月19日以降,隔離され,身体拘束を受けていたため(前提事実(2)イ,ク,認定事実(1)),本件患者自身が本件チューブを動かせるものではなかったと推認されることや,本件チューブが留置後に大きく動かされるような出来事があったことがカルテ等の記載からはうかがわれないこと(弁論の全趣旨),F医師の意見書(甲B13〔12頁〕)にも,経鼻チューブが食道の狭窄部位を通過する際や,挿入中に嘔吐反射が誘発された場合に,無理に押し込もうとすると食道内で反転し口腔内にたわんだ状態でトグロを巻くことは時に経験する,正しく胃に挿入された管が挿入から4日程度で口腔内にたわむことは考え難いとの医学的知見が示されていることをも合わせ勘案すると,本件チューブは本件患者に留置された当初から本件患者がC病院に救急搬送された時点まで同じ状態で留置されていたものであることが強く疑われるものといわざるを得ない。
ウ そうであるところ,本件患者の体温は,本件チューブが留置された1月7日午前11時以前の約1週間はほぼ36度台で推移していたものの(認定事実(2)),本件チューブが留置された後の同日午前11時頃に生食150mlと白湯100mlに溶かした薬,午後3時に生食100mlと白湯100ml,午後6時に経鼻栄養及び薬の注入を受けると(前提事実(2)エ(イ)),翌8日には38度台の発熱をしたほか,本件患者は,同日午後8時30分には咳嗽が見られ,口腔内に痰が貯留する状態となり(同オ(ア)),同日もメイバランス1pと白湯400mlの注入を3度受けると(同オ(イ)),留置の翌々日(同月9日)午前6時には38.9度の発熱をした後,同日はほぼ38度台の発熱をしたほか,多量の黄緑色粘稠痰の多量喀出をし,SpO2も90%以下に低下し(同カ(ア)),同日,白湯合計1200mlとメイバランス2pが注入されると(同カ(イ)),その翌日(同月10日)も,38度台の発熱をしたほか,SpO2は80%台であり(同キ(ア)),同日,メイバランス合計2pと白湯合計1200mlの注入を受けると(同キ(イ)),さらに翌日(同月11日)には,39度の発熱をし,元気がなく,SpO2も83%程度の状態となり(同ク),同日午後9時には,C病院に緊急入院し,肺の両側上下葉,中葉背側に広範な浸潤影が,両側下葉は腹側の一部を除いて全体に浸潤影が見られる状態となり,同病院において誤嚥性肺炎疑いと診断されるに至った(同ケ)というのである。
エ 前記アないしウを総合すると,病理解剖によっては肺内に明らかな異物が存在することの確認はできなかったものの(認定事実(5)),本件チューブは,1月7日午前11時頃の留置当初から咽頭部でトグロを巻く状態であり,その先端が胃に届いておらず,本件チューブを導管とした白湯や経鼻栄養等の注入物や胃内容物の逆流によって,重篤な誤嚥性肺炎を生じたものであり,これが原因疾患となって,本件患者がARDSを発症し,低酸素脳症によって死亡したものと推認することができる。
(2)以上に対し,被告は,本件チューブは金属線(スタイレット)とともに挿入されている上,留置時に胃部気泡音や胃内容物の確認をしたと主張し,D医師の陳述書(乙A51〔3頁〕)には同旨の記載があるほか,証人D医師も同旨の供述をする。
確かに,証拠(乙A48)及び弁論の全趣旨によれば,本件チューブには金属線が付属されており,本件チューブを留置した際もスタイレットを付けたまま本件チューブが挿入され,挿入後にスタイレットを抜き取る方法が採られたものと認められる。しかし,証拠(乙A48)によれば,前記スタイレットは細く,スタイレット付きの状態であっても本件チューブが湾曲するものであることが認められる。加えて,本件チューブは,本件患者が険しい表情をし,激しく体を動かす中,身体を押さえつけて挿入されたものであること(前提事実(2)エ(イ))をも勘案すると,本件チューブがスタイレット付きで留置され,留置後にこれを抜去する方法が採られたことを考慮しても,当該事情は,本件チューブが咽頭部でトグロを巻く状態で留置された旨の前記認定を左右するに足るものとはいえない。
また,確かに,看護記録(乙A42〔15頁〕,A47〔15頁〕)には,本件チューブが留置された日の午後6時に経鼻栄養を注入する際,ギャッジアップと気泡音の確認をした旨の記載があることが認められる。しかし,それ以外の注入時や本件チューブの留置時に,ギャッジアップや気泡音の確認をした旨の記載は前記看護記録や入院診療録(乙A36)には見当たらないし,本件チューブを介しての胃内容物確認(Phテスト)についてはこれが実施された旨の記載は全くなく,少なくとも胃内容物確認が行われたことを認めるに足る的確な証拠はない。この点,D医師の陳述書(乙A51〔3頁〕)には,同確認は日常的に行うものであり,看護記録等に記載されないこともある旨の記載があり,証人D医師も同旨の供述をするが,ギャッジアップと気泡音確認については記載があるのに,胃内容物の確認のみ記載しないということは考え難く,前記供述等は採用できない。また,前記のとおり,看護記録には気泡音の確認をした旨の記載が認められるものの,気泡音の確認のみでは誤挿入に気付かないことがあるとの医学的知見があるのであるから(認定事実(6)),看護記録に前記記載があることは,前記認定を妨げるものということはできない。
さらに,被告は,1月11日午後2時30分に本件チューブを介して解熱剤であるカロナールを注入したところ,同日午後6時には36.8度まで解熱していたことから,本件チューブの先端が胃内に到達していたといえる旨を主張し,証拠(乙A36〔16~17頁〕,A38〔13頁〕)によれば,同日,カロナール2Tが注入されると解熱したことが認められる。しかし,本件チューブの先端が食道内にとどまっていたからといって,解熱剤が全く胃内に到達せず,解熱の効果が得られないとまで即断することはできないから,前記のとおり解熱の効果が得られた旨の事情は,前記認定を左右するものではない。
そして,被告は,スタイレット抜去後の経鼻チューブは,咳嗽,嘔吐,喀痰吸引,体動等の刺激等の何らかの要因でねじれて輪になる可能性があるところ,本件患者には,1月11日午後7時,呼吸管理として経口エアウエイが挿入されており,この処置の際の刺激で,本件チューブが頸部でねじれた可能性があるほか,同日,C病院に救急搬送される際の体位変化によって,本件チューブが頸部でねじれた可能性があると主張する。しかし,前記のとおり,本件患者に見られる発熱や喀痰,SpO2の低下等の急激な変化は,いずれも,本件チューブが留置された日の翌日である同月8日以降に直ちに表れていることをも勘案すれば,本件チューブがトグロを巻く状態となったのは留置された時であったと推認するのが相当である。被告の前記主張は,いずれも一般的・抽象的な可能性の指摘にとどまり,前記推認を妨げるに足るものではない。
加えて,被告は,本件患者は,肺炎がきっかけとなったものの,持病である慢性心不全が急激に増悪して急性心不全の状態となり,C病院に搬送後,さらに状態が悪化し,心原性肺水腫とARDS合併の肺水腫に至り,1月16日に呼吸不全により死亡した旨を主張する。しかし,本件患者の既往歴として中枢性睡眠時無呼吸症候群と高血圧があったことがうかがわれるものの(甲A1〔2頁〕),本件患者が慢性心不全の診断を受けていたわけではないことは被告自身も認めている。また,確かに,本件病理解剖報告書には,心肥大の肉眼像から心機能低下の状態であったことがうかがわれ,間接的に死因に関与した可能性がある旨の記載があるが(前提事実(3)ウ),前記のとおり,本件患者の症状は,本件チューブが留置されるまでは落ち着いていたものの,当該留置の翌日以降,急激に悪化したものであり,C病院に転院した後も重度の呼吸困難が継続したまま(甲A1〔2頁〕),肺水腫により死亡したものであるから,死亡に至る一連の機序の端緒として誤嚥性肺炎が位置付けられるといって差し支えない。
したがって,被告の主張はいずれも採用することができない。
3 争点2(被告病院の医師は,本件患者を誤嚥性肺炎と診断してそれに適した治療をすべき義務に違反したか,及び相当因果関係)について
(1)注意義務違反について
「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」等によれば,誤嚥をきたしやすい病態として,「経管栄養」が知られており,また,高齢者の肺炎は,発熱,喀漱,痰,胸痛等の典型的症状を欠くことが珍しくないため,誤嚥性肺炎の潜在を常に念頭におく必要があるとされている(認定事実(7))。また,誤嚥性肺炎の診断は,誤嚥が強く疑われる病態の確認又は嚥下障害の存在と肺の炎症所見の確認等によってされるものであるところ,嚥下障害を確認した患者に発症する肺炎で,それ以外の明らかな原因が考慮されない場合は誤嚥性肺炎と診断してよいとされていること,その際の肺炎所見として,「発熱,喀痰,咳嗽,頻呼吸,頻脈」が挙げられている(認定事実(8))。
そうすると,医師は,経管栄養開始後に咳嗽や発熱等の肺炎が疑われる症状が生じた場合,誤嚥性肺炎の可能性を常に念頭において,治療に当たるべき注意義務を負うものと認められる。
そして,誤嚥性肺炎を疑う症状がある場合には,肺炎の原因を調べるとともに,誤嚥性肺炎の原因となっている可能性のある経管注入を中止する必要があり,高齢者の肺炎は予後が不良であるから速やかに胸部X線検査や血液検査,喀痰細菌検査等を実施した上で,肺炎の原因として考えられる起因菌に対する抗菌治療を開始すべきである旨の医学的知見も認められるから(認定事実(10)),経管注入が誤嚥性肺炎の原因となっている可能性がある場合には,医師は,経管栄養をいったん中止して,経静脈注入に切り替えるとともに,肺炎の起因菌の特定と抗菌治療を開始すべき注意義務を負うものと認められる。
これを本件についてみると,本件患者に対しては1月7日に本件チューブが挿入され,栄養剤等の注入が開始されているところ(前提事実(2)エ),前記のとおり,本件チューブを留置するまでの約1週間はおおむね36度台の体温で推移していたものの,本件チューブを挿入した日の翌日である同月8日午後2時には38.4度という高熱を出し,同日午後4時の時点でも38.2度であり,明らかな発熱がみられたのであり,また,同日午後8時30分には,咳嗽が見られたほか,自力喀出するも口腔内に痰が貯留し,吸引が施行される事態となるなど(前提事実(2)オ(ア)),同日の時点で既に明らかな肺炎の所見が生じていたものであり,実際に,翌日午前6時には,当直医が経鼻注入をいったん中止するように指示をするに至った(同(2)カ(イ),認定事実(2))というのである。
そうであれば,被告病院の医師は,本件患者に誤嚥性肺炎が生じている可能性を念頭において治療に当たるべき注意義務を負っていたというべきである。そして,以上の診療経過と本件患者の全身症状に照らせば,経管注入が誤嚥性肺炎の原因となっている可能性があることは明らかであったといえるから,本件患者が食事を受け付けないことから栄養注入を必要とする状態にあったことや,高齢のため経静脈注入を長期間継続することには難点もあったこと(証人D医師,弁論の全趣旨)を最大限考慮しても,被告病院の医師は,遅くとも同月8日午後8時30分の時点で,本件チューブによる栄養剤等の注入を中止し,速やかに肺炎の原因を調べるとともに,肺炎の初期治療として抗生剤を投与すべき注意義務を負っていたと認められる。
そうであるところ,被告病院の医師が,同日午後8時30分以降も,本件チューブによる栄養剤等の注入を中止せず,肺炎の初期治療を行わなかったことは前提事実(2)オのとおりであるから,被告病院の医師は前記注意義務に違反したものというほかない。
これに対し,被告は,高齢である本件患者に対する栄養治療の重要性に照らすと,経鼻栄養をいったん中止することは相当でなく,栄養注入を優先させた判断に過失があったとはいえない旨を主張する。
しかし,高齢者の誤嚥性肺炎の予後が必ずしもよくないこと(認定事実(10),甲B2〔42頁〕)や,一時的に経静脈注入に戻すことができないわけではなかったと認められること(弁論の全趣旨)に加えて,主治医であったD医師において本件チューブが留置された日の翌日である同月8日の時点ではそもそも誤嚥性肺炎を疑っておらず(証人D医師),したがって,経鼻栄養を継続する旨の判断の過程で誤嚥性肺炎の可能性との比較考量をしたわけでもないことに照らすと,この点に関する被告の主張は前提を欠いており,採用することができない。
(2)相当因果関係について
ア 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものと解すべきである(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。
本件についてこれをみると,前記(1)のとおり,本件患者は,留置された本件チューブが胃に届いていない状態で,白湯やメイバランス,経鼻栄養の注入を受けたために重篤な誤嚥性肺炎を生じ,これが原因疾患となって,ARDSを発症し,低酸素脳症によって死亡するに至ったものである。
本件患者のARDSの原因が誤嚥性肺炎であったところ,本件チューブを介した注入の開始の翌日には早くも肺炎症状が表れていることなど(前記2(1)),注入と肺炎症状の間に密接な関連があったことがうかがわれることや,経鼻注入が継続されるごとに高熱を発し,SpO2の値も低下していたこと(同)からすれば,1月8日午後8時30分の時点で被告病院の医師が本件チューブを介した注入を中止していれば,本件患者の肺炎症状が同月11日の時点ほどまでに重篤化することを回避することができた高度の蓋然性があるものと認められる。
そして,ARDSの原因疾患に対する十分な治療がARDSの予防につながるとされていることや(認定事実(9)),平成14年6月から平成16年5月に日本国内において実施された院内肺炎に関する調査において,初期治療開始30日後の死亡率は19.8%であったこと(認定事実(9))をも勘案すると,1月8日午後8時30分の時点で本件チューブを介した注入を中止し,抗生剤の投与等の誤嚥性肺炎の疑いを前提とした治療が行われていたとすれば,本件患者は,同月11日時点において,同日午後9時過ぎにみられたような,両側上下葉,中葉背側に広範な浸潤影や,両側下葉は腹側の一部を除いて全体に浸潤影が見られる重篤な症状には至らず,その結果,同月16日におけるARDSによる死亡も回避することができたことにつき,高度の蓋然性があると認められる。
イ 以上に対し,被告は,認定事実(9)記載の調査結果によれば,本件患者は重症群に入り,初期治療開始30日時点での死亡率は40.8%であったと主張する。
確かに,証拠(甲B7〔6~8頁〕)によれば,前記調査結果を重症度別にみると,「悪性腫瘍または免疫不全状態」「意識レベルの低下」「SpO2>90%を維持するためにFiO2>35%」「男性70歳以上,女性75歳以上」「乏尿または脱水」の主要判定項目や,「CRP≧20mg/dl」「胸部X線写真陰影の拡がりが一側肺の2/3以上」「慢性呼吸器疾患」「誤嚥」の2次的判定項目で分析したところ,3項以上を有する患者については前記死亡率が40.8%とされていることが認められる。
しかし,前記2(1)のとおりの本件患者の症状の推移に照らすと,判定項目のうち,SpO2の低下や,意識レベルの低下,胸部X線写真等については,因果関係を判断すべき1月8日時点では,まだリスク因子とすべきほどには悪化していなかったものとうかがわれるし,この点を措くとしても,本件は,初期治療がされるべきであった前記時点以降もなお,誤嚥性肺炎の原因である経鼻注入が3日間も漫然と継続され,症状の悪化を招いていた事案であることをも勘案すると,前記の調査報告結果があるからといって,前記認定が左右されるものとはいえない。
また,被告は,抗菌薬の副作用や耐性菌の発生等のリスクを想定すると抗菌剤の投与は行うべきでなかったとも主張する。しかし,本件患者については,発熱,SpO2の低下,喀痰,喀咳等の肺炎を疑わせる症状が既に明らかに認められたのであるから,耐性菌発生のリスクは想定しつつも,抗菌剤の投与によって,肺炎症状の重篤化を回避することを優先させることは十分考えられるし,1月8日午後8時30分までの本件患者の諸症状の経過によれば,既に肺炎に対する初期治療を要する状態にあったというべきであるから(前記(1)),被告が指摘するリスクなるもののゆえに抗菌剤の投与を回避すべきであるということにはならない。この点に関する被告の主張は,その前提において失当であり,採用できない。
さらに,被告は,C病院において,適切な呼吸管理(NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)又は経口・経鼻気管挿管による人工呼吸)を行っていれば,本件患者を救命できた可能性があるのに,これが行われなかったから,被告病院の医師の過失と本件患者の死亡の間に相当因果関係が認められない旨を主張する。
確かに,認定事実(4)によれば,本件患者が生前に延命治療を拒否する意思を示していたことから,C病院において肺の貯留物の除去や,気管切開による呼吸管理等の侵襲的な治療行為は行われなかったことが認められる。しかし,そもそも,1月8日午後8時30分の時点で経管注入を中止する処置が採られていれば,同月11日午後9時頃に救急搬送されたような重篤な肺炎症状は生じていなかった高度の蓋然性が認められることは前記認定のとおりである。そうであるとすると,本件患者は,集中治療室における肺の貯留物の除去や気管切開による呼吸管理を受けるか否かの選択を迫られるまでもなく,抗生剤の投与や解熱,経過観察等の誤嚥性肺炎に対する非侵襲的な治療を受けることができ,これにより死亡を回避することができた高度の蓋然性を認めることができるから,被告の前記主張は採用できないものというほかない。
ウ 以上によると,被告病院の医師の前記過失(以下「本件注意義務違反」という。)と本件患者の死亡との間には相当因果関係が認められる。
(3)そうすると,被告は,少なくとも使用者責任に基づき,本件患者及び原告らに生じた固有の損害について,損害賠償責任を負うものというほかない。
4 争点3(被告病院の医師は,本件チューブが胃内に到達しているか確認すべき義務に違反したか,及び相当因果関係)について
(1)注意義務違反について
本件チューブの挿入時及び留置中の注意事項として,チューブの先端が胃内に到達しているかを確認するため,胃液の吸引,気泡音の聴取等の複数の方法を採るべきとされていたことは認定事実(6)のとおりである。そうすると,被告病院の医師は,本件チューブの留置時において,胃液の吸引や気泡音の確認等の複数の方法によって,本件チューブの先端が胃内に到達していることを確認すべき注意義務を負っていたと認められる。
そうであるところ,看護記録や入院診療録には本件チューブの留置時にギャッジアップや気泡音の確認をした旨の記載はなく(前記2(2)),胃内容物の確認がされたと認めるに足る的確な証拠もないことからすれば,被告病院の医師は,前記注意義務を怠ったものと認められる。
これに対し,被告は,本件チューブの留置時に気泡音と胃内容物の確認を行った旨を主張するが,これが認められないことは,前記2(2)のとおりである。
(2)相当因果関係について
本件チューブの先端が留置当初から胃に届いていなかったこと,そのため注入物や胃内容物が逆流して重篤な誤嚥性肺炎を生じ,本件患者が死亡したことは,いずれも前記2(1)のとおりであるところ,チューブが正しく胃に挿入されていれば挿入から4日程度で口腔内でたわむことは考え難いというのであるから(前記2(1)イ),本件チューブの先端が留置当初に胃内に到達していることが確認できていれば本件患者が死亡しなかったことにつき,高度の蓋然性があると認められる。そうすると,本件患者は,前記(1)の確認義務違反と前記3の注意義務違反(本件注意義務違反)があいまって,死亡したものと認められる。
したがって,被告は,少なくとも使用者責任に基づき,上記確認義務違反によって本件患者及び原告らに生じた損害について,損害賠償責任を負うものと認められる(もっとも,前記のとおり,本件注意義務違反のみによって本件患者の死亡との間に相当因果関係が認められるうえ,上記確認義務違反による本件患者の死亡という結果は本件注意義務違反とあいまって生じたものであるから,本件患者の死亡によって生じた損害との間の相当因果関係については,特に検討する場合を除き,本件注意義務違反との相当因果関係のみを判断すれば足りる。)。
5 争点4(損害)について
(1)本件患者に生じた損害
ア 逸失利益について 1856万9812円
(ア)労働分について(主位的主張)
原告らは,前記第2の3(4)原告らの主張欄ア(ア)aのとおり主張する。
しかし,本件患者は,平成28年1月16日に71歳で死亡したが(前提事実(1)ア),平成21年にはアルツハイマー型認知症と診断され,その頃以降,投薬治療を受けながら,自宅で生活をしていたのであり,平成27年1月頃には昼夜問わず徘徊するなどする状態であって(同(2)ア),同年12月には,精神保健福祉法21条1項に基づく任意入院をし,同月中に精神保健福祉法33条1項に基づく医療保護入院に切り替えられたため(同イ),本件チューブが留置された当時既に閉鎖病棟で入院治療を受けていたものである(前提事実(2))。そして,証拠によっても,就労可能なまでに回復する見込みがあったと認めることはできない。そうすると,本件患者について就労可能性を前提とした逸失利益を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。この点に関する原告らの主張は,採用することができない。
(イ)老齢厚生年金分について(予備的主張)
証拠(甲C29)によれば,本件患者は,平成27年分の老齢厚生年金として,261万7462円を受給していたことが認められる。そうであるとすると,平均余命までに得られたはずの老齢厚生年金相当額は本件注意義務違反と相当因果関係のある損害と認められる。
そして,平成28年における満71歳男子の平均余命(14.98年。公知の事実)に応当するライプニッツ係数を9.8986(14年)とすべきであり,また,本件患者には年金のほかに収入がないことから,その生活費控除割合については,これを5割とすべきである。
そうすると,本件注意義務違反と相当因果関係のある老齢厚生年金相当額の逸失利益の額は,1295万4604円(261万7462円×0.5×9.8986。1円未満切り捨て。以下同じ。)と認めるのが相当である。
(ウ)フランス年金について(予備的主張)
証拠(甲C30~C39。枝番のあるものは各枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,本件患者は,その生前,フランスにおいて管理職年金制度総連合及び補足年金制度連合が管掌する老齢年金及び補足年金(フランス年金)を受給していたこと,本件患者の死亡後はその6割に相当する額を原告X1が遺族年金として受給していたこと,原告X1が平成31年中に受けた当該遺族年金は円換算で68万0728円であったこと,以上の事実がそれぞれ認められる。
そうであれば,フランス年金についても,老齢厚生年金と異なる取り扱いをすべき理由はないものというべく,平均余命まで得られたはずのフランス年金相当額は逸失利益に当たるというべきである。
そして,本件患者が生前に受給していた直近の年金額を前記遺族年金額を6割で割り戻した113万4546円(68万0728円×10÷6)としてこれを基礎とし,ライプニッツ係数及び生活費控除率については,いずれも前記(イ)と同様にすべきである。
そうすると,本件注意義務違反と相当因果関係のあるフランス年金相当額の逸失利益の額は,561万5208円(113万4546円×0.5×9.8986)と認めるのが相当である。
(エ)小括
前記(ア)ないし(ウ)によれば,逸失利益の総額は,1295万4604円+561万5208円=1856万9812円となる。
イ 死亡慰謝料 2300万円
弁論の全趣旨によれば,本件患者の子らはいずれも既に独立して生計を得ていたと認められるところ,前記2(1)のとおり,本件患者は,不穏や徘徊を原因として被告病院で入院治療を受けるに至ったが,本件チューブが確認不十分なまま留置されたことに基づく誤嚥性肺炎によって死亡したものである。そして,当該死亡の原因が本件注意義務違反と因果関係を有するものであったことに加え,本件注意義務違反から数日のうちに死亡するに至ったものであることも考慮すると,その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,これを2300万円と認めるのが相当である。
ウ 葬儀費用 150万円
証拠(甲C5)によれば,本件患者の葬儀費用として197万2672円が支出されたことが認められるところ,本件注意義務違反と相当因果関係を有する葬儀費用としては,これを150万円の限度で認めるのが相当である。
エ 葬儀関連費 0円
原告らは,前記第2の3(4)原告らの主張欄ア(エ)のとおり主張し,証拠(甲C6の各枝番)によれば,本件患者の葬儀に関連する諸費用として合計55万2307円が支出されたことが認められる。
しかし,そのような支出があったからといって,これを前記ウに加えてさらに本件注意義務違反との相当因果関係がある損害であるということはできない。注意義務違反との相当因果関係が認められないことは,前記4の確認義務違反が認められることを前提としても同様である。この点に関する原告らの主張は,採用することができない。
オ 墓石・工事費等 0円
原告らは,前記第2の3(4)原告らの主張欄ア(オ)のとおり主張する。しかし,この点に関する支出を裏付けるに足りる的確な証拠が見当たらないし,その費目からして,前記ウに加えてさらに本件注意義務違反との相当因果関係がある損害であるということはできない。注意義務違反との相当因果関係が認められないことは,前記4の確認義務違反が認められることを前提としても同様である。いずれにせよ,この点に関する原告らの主張は,採用することができない。
カ 入院治療費 11万8500円
本件チューブの留置日以降の被告病院での治療及びC病院での治療に要する費用の限度で前記4の確認義務違反及び本件注意義務違反と相当因果関係を有する損害と認めるべきであるところ,被告病院での治療費は平成28年1月分のうちの5日分である1万9940円(退院までの11日間の日割り計算。甲C7の2)であり,C病院での治療費は9万8560円と認められる(甲C7の3及び4)。その余の入院治療費については相当因果関係は認められない。
キ 入院雑費等 5827円
証拠(甲C8の各枝番)によれば,C病院の入院中に要した標記の費用は5827円であると認められる。
ク 小括
前記アないしキを合計すると,4319万4139円となり,原告らはこれを法定相続分の割合によって相続したのであるから(前提事実(1)ア),原告ら各人の取得額は,原告X1につき2159万7069円(このうち逸失利益に相当する額は928万4906円),原告X2及び原告X3のそれぞれにつき1079万8534円ずつとなる。
(2)原告X2固有の損害について
原告らは,前記第2の3(4)原告らの主張欄イ(イ)のとおり主張する。
しかし,原告X2は本件患者の子であって既に独立していることや,本件患者の年齢等に照らすと,原告X2の本件患者に対する見舞いのための交通費等が本件注意義務違反と相当因果関係のある損害であるとまでいうことはできない。また,本件患者の死後,その葬祭への参列するかどうかは,原告X2やその家族の自由な意思に基づくものであるから,上記参列の費用等が本件注意義務違反と相当因果関係のある損害であるということもできない。注意義務違反との相当因果関係が認められないことは,前記4の確認義務違反が認められることを前提としても同様である。この点に関する原告らの主張は,いずれも採用することができない。
(3)原告X1が受給権を取得した遺族厚生年金等の控除について
原告X1は,老齢厚生年金を受給していた本件患者が死亡したことにより,遺族厚生年金の受給権を得たものと推認されるところ,弁論の全趣旨によれば,その額は,1年当たり,本件患者が受給していた老齢厚生年金の額の6割である年間157万0477円を下らないと認められるところ,平成28年から本件口頭弁論終結日である令和2年12月14日までに原告X1が実際に支給を受けた遺族厚生年金額は785万2385円(157万0477円×5年分)であると推認される。
また,原告X1が,本件患者の死後,本件患者が受給していたフランス年金の6割に相当する額をフランスの年金制度に基づく遺族年金として受給していたこと,原告X1が平成31年中に受けた当該遺族年金は円換算で68万0728円であったことは前記(1)ア(ウ)認定のとおりであって,そうすると,平成28年から本件口頭弁論終結日までに原告X1が実際に支給を受けた前記遺族年金の額は340万3640円(68万0728円×5年)であると推認される。
そうであれば,原告X1が被告に対して賠償を求め得る本件患者の逸失利益(928万4906円。前記(1)ク)から,前記のとおり原告X1が現に支給を受けた遺族厚生年金及びフランスの年金制度に基づく遺族年金(785万2385円+340万3640円=1125万6025円)を控除すべきである(最高裁平成16年(受)525号平成16年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁参照)。
そうすると,原告X1が被告に対して賠償を求め得る本件患者の逸失利益は0円となるから,原告X1が被告に対して賠償を求め得る本件患者の損害額の合計は,1231万2163円(2159万7069円-928万4906円)にとどまることになる。
(4)弁護士費用について
前記(1)ないし(3)で検討した結果によれば,原告らのそれぞれが被告に対して請求できる損害の額は,原告X1につき1231万2163円,原告X2及び原告X3のそれぞれについて1079万8534円ずつとなる。
そして,原告らは,前記損害の賠償を請求するために訴訟代理人弁護士に委任して本件訴訟を提起・追行したことが認められるから(弁論の全趣旨),本件注意義務違反及び前記4の確認義務違反と相当因果関係のある弁護士費用としては,これを原告X1につき123万円,原告X2及び原告X3のそれぞれについて107万円ずつと認めるのが相当である(なお,原告らは,本件患者の損害額の1割に相当する額を原告らで按分して負担する旨主張するけれども,原告X1についてのみ損失相殺的な調整を図るなどした上(前記(3)),原告らのそれぞれにつき請求できる額を認めたのであるから,弁護士費用については前記説示のとおり原告ごとに認めるのが相当である。)。
(5)小括
原告らのそれぞれが被告に対して請求することができる損害の額に弁護士費用を加えた額は,原告X1につき1354万2163円,原告X2及び原告X3のそれぞれにつき1186万8534円ずつとなる。
6 争点5(素因減額)について
被告は,本件患者には従前から,慢性心不全,胃がん,栄養不良があり,これらが,死亡の結果に寄与したから,本件患者に生じた損害に対する被告の損害賠償額から,慢性心不全,胃がん,栄養不良の寄与度分を減額すべきである旨を主張する。
確かに,本件病理解剖報告書には,本件患者に心肥大の肉眼像が見られた旨の記載がある(前提事実(3)ウ)。また,同報告書には,当該肉眼像と臨床所見から本件患者は心機能低下の状態であったことが示唆されることと,これが間接的に死因に関与した可能性があるとの見解が記載されている(甲A10)。しかしながら,C病院における1月13日の診療録(甲A1〔21頁〕)には,心不全はない旨の記載がされている。この点,確かに,同日の同診療録には中枢性睡眠時無呼吸や高血圧症との診断も記載されていることや(甲A1〔21頁〕),心不全のバイオマーカーとされるBNPが同月11日において39.9pg/mlであって(甲A1〔3頁〕),直ちに心不全の治療が必要でないとされる値(18.4~40pg/ml)の上限に近く,また,軽度の心不全の可能性があり,心電図等の実施が推奨されるとされる数値(40pg/ml~)に近かったことが認められるが(甲B17〔2頁〕),同月12日の診療録(甲A1〔17頁〕)によれば不整脈はなかったと認められる上,同月15日の診療録(甲A1〔35頁〕)においても,波形異常はなかった旨が記載されていることからすれば,本件患者に治療等を要する心不全があったとまではいえず,本件患者の死因に心不全が寄与したと認めることもできないし,他にこれを認めるに足りる的確な証拠もない。
以上に対し,被告は,救急搬送時に半座位であり座位呼吸をしていたことや(甲A1〔56頁〕),1月13日の診療録に心房細動を示すAf波形を記録した旨の記載があること(甲A1〔20頁〕,弁論の全趣旨)を指摘するが,本件患者に多量の痰があったことからすると,その喀出のために座位姿勢が取られていたとも考えられるところである。そうすると,救急搬送時に半座位の姿勢をとっていたことは必ずしも急性心原性肺水腫であったことを裏付けるものとはいえないし,ほかに前記心房細動が死亡に影響したことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。
また,被告は,胃がんや栄養不良が死亡に寄与したとも主張するが,前記2(1)のとおり,本件患者は本件チューブが留置され,経管注入が継続されたことによって,急激に高熱やSpO2の低下が生じ,ARDSの症状によって死亡したものであり,本件チューブが留置されるまでの間の経過が概ね良好であったことに照らすと,胃がんや栄養不良が本件患者の死亡に寄与したものとは認められない。
この点に関する被告の前記主張はいずれも採用することができない。
6 争点6(参加人の本件訴えに確認の利益が認められるか)について
原告らは,令和2年10月14日の本件弁論準備手続期日においても,参加人との間で本件につき互いに債権債務がない旨の和解をする意向はなく,また,将来参加人に対して損害賠償請求をする可能性を否定できない旨を主張している(顕著な事実)。
そうすると,原告らが,現時点では本件につきC病院の医師の過失を主張する意向ではない旨を前記弁論準備手続期日で述べていること(顕著な事実)を考慮しても,本件訴訟において参加人に訴訟告知をした原告らが,C病院における肺水腫に対する治療の懈怠も本件患者の死亡原因であるなどとして,参加人に対し,損害賠償請求をする可能性があるというほかない。
以上によれば,乙事件につき確認の利益が認められる。
そうであるところ,原告らは,C病院の医師の過失を主張しないから,本件患者の死亡につき損害賠償債務を負わない旨の参加人の債務不存在確認請求には理由があることが明らかである。
第4 結論
以上の次第で,甲事件につき,原告らの請求は,使用者責任に基づき,原告X1につき1354万2163円,原告X2及び原告X3のそれぞれにつき1186万8534円ずつ並びにこれらに対する不法行為の後の日である平成28年1月16日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がなく(なお,債務不履行に基づく請求にあっては,前記5で説示した額を上回る額が損害として認められる余地はないし,平成28年1月16日までに弁済期が経過したと認めるに足りる証拠もない。),乙事件につき,参加人の請求はすべて理由がある。
大阪地方裁判所第17民事部
裁判長裁判官 吉岡茂之
裁判官 三宅知三郎
裁判官 諸井雄佑
(別紙)
(訴状別紙=1枚紙〔原告X2の固有の損害である交通費を一覧にしたもの〕を添付する。)
〇東京地裁令和2年12月1日判決・LLI/DB 判例秘書登載
主 文
1 被告Y1は,原告に対し,33万4460円及びこれに対する平成28年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告保険会社は,原告に対し,原告の被告Y1に対する本判決が確定したときは,33万4460円及びこれに対する平成28年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを100分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告Y1は,原告に対し,4267万0852円及びこれに対する平成28年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告保険会社は,原告の被告Y1に対する本判決が確定したときは,原告に対し,4267万0852円及びこれに対する平成28年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告において,同人の母である亡A(以下「亡A」という。)が,被告Y1の運転する自転車(以下「被告自転車」という。)に追突されて転倒し(以下「本件事故」という。),その際の負傷により死亡して損害を被ったとして,①被告Y1に対し,民法709条に基づき,発生した損害4267万0852円(亡Aに生じた人的損害3967万0852円及び原告X1の固有の慰謝料300万円の合計額)並びにこれに対する不法行為の日(本件事故の発生日)である平成28年11月13日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下「旧民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,②被告Y1と対人賠償責任条項を含む保険契約を締結していた被告保険会社に対し,同保険契約に基づき,被告Y1が確定判決に基づき負担する損害賠償債務と同額の債務として,上記4267万0852円及びこれに対する平成28年11月13日から支払済みまで旧民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を付さないものは争いがないか弁論の全趣旨から容易に認められるものである。)
(1)当事者等(甲1,13[枝番を含む])
原告は,亡A(昭和5年○月○○日生,平成29年1月20日死亡。本件事故当時86歳)の子であり,唯一の相続人である。
(2)交通事故の発生(以下「本件事故」という。甲1,乙1)
ア 発生日時 平成28年11月13日午後6時30分頃
イ 発生場所 千葉県柏市(以下略)先路上
ウ 関係車両 被告Y1運転の電動自転車(被告自転車)
エ 事故態様
本件事故の発生場所付近は丁字路交差点になっており,直進路は,片側1車線の道路であった。被告自転車は,柏市千代田1丁目方面から柏市八幡町方面へ直進路を進行していたところ,同一方向に手押し車を押して歩行中の亡Aに接触した。なお,接触の態様及びこれにより亡Aが転倒したか否かは争いがある。
(3)責任原因
本件事故は,被告Y1が,前方を注視して被告自転車を運転する義務があるにもかかわらずこれを怠り,漫然とこれを運転した過失により生じたものであり,被告Y1は,民法709条に基づく損害賠償責任を負う。
(4)本件事故後の亡Aの入通院等(乙4,5)
ア B医院への通院
平成28年11月16日から同年12月28日まで(実通院日数11日)
イ C病院への入院
平成29年1月15日から同月20日まで(6日)
(5)亡Aの死亡
亡Aは,平成29年1月20日,心房細動を原因とする慢性心不全により死亡した。
(6)保険契約の締結
被告Y1は,平成28年11月13日までに,被告保険会社との間で保険契約を締結していた。
この保険契約においては,被告Y1が対人事故により法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対し,被告保険会社が保険金を支払うこと,対人事故によって被告Y1の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合は,損害賠償請求権者は被告保険会社が被告Y1に対して支払責任を負う限度において,被告保険会社に対し,被告Y1が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の賠償責任の額から被告Y1が損害賠償請求権者に対して既に支払った損害賠償金の額を差し引いた額を請求することができること,被告Y1と損害賠償請求権者との間で判決が確定した場合,被告保険会社は,被告Y1が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の賠償責任の額から被告Y1が損害賠償請求権者に対して既に支払った損害賠償金の額を差し引いた額を,損害賠償請求権者に対して直接支払うことが定められていた。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
本件の争点は,①本件事故の態様,②本件事故による亡Aの負傷内容及び本件事故と死亡との因果関係,③損害であり,これについての当事者の主張は以下のとおりである。
(1)争点①(本件事故の態様)について
(原告の主張)
本件事故は,手押し車を押して道路の右側を歩行していた亡Aの背後に同一方向を進行してきた被告自転車が追突し,亡Aが転倒したものである。
(被告らの主張)
本件事故は,被告自転車が道路の左側を進行していたところ,同一方向の前方に手押し車を押して歩行中の亡Aを発見し,ブレーキをかけたものの,被告自転車の前輪左側が亡Aと接触したものであるが,亡Aは,本件事故により転倒はしていない。
(2)争点②(本件事故による亡Aの負傷内容及び本件事故と死亡との因果関係)
(原告の主張)
亡Aは,本件事故により転倒し,多発肋骨骨折(左肋骨のうち6本,右肋骨のうち1本)の傷害を負った。そして,亡Aの慢性心不全による死亡は,本件事故で負った肺挫傷(肺が外力により損傷することをいう。)ないし血胸(肋骨周辺の血管が外力により損傷することをいう。)によって生じた。すなわち,亡Aは,本件事故により相当な外力を受けて,肺挫傷ないし血胸となり,出血が続き貧血状態となって,体内の鉄分が漸次減少した結果,貧血となり,心臓に長期的な負荷がかかったために心房細動が生じ,慢性心不全により死亡した。
本件事故により肋骨骨折が生じたことは,本件事故から約2か月後の平成29年1月15日の時点で多発肋骨骨折の癒合の所見が見られ,本件事故以外に受傷機転がないことから裏付けられる。本件事故による肺挫傷ないし血胸以外には,亡Aのヘモグロビン量の大幅な減少による貧血を説明できない。被告らは,小腸由来の出血の可能性を指摘するが,腹痛などの小腸由来の出血を示唆する所見がないため可能性は乏しい。
よって,本件事故と亡Aの慢性心不全による死亡との間には,相当因果関係がある。
(被告らの主張)
亡Aが本件事故により多発肋骨骨折を受傷したこと及び本件事故と亡Aの慢性心不全による死亡との間に相当因果関係があることは否認する。
通常,多発肋骨骨折が生じた場合,受傷早期から呼吸苦や強い疼痛を訴え,早期に受診するところ,亡Aは事故から3日後の平成28年11月16日にB医院を受診しており,同病院でも,肋骨自体の骨折の診断はなく,同日のレントゲン画像でも血胸や気胸は確認されず,肺周辺からの出血も認められない。したがって,本件事故で右側肋骨を含む多発肋骨骨折が生じ,それにより肺挫傷ないし血胸が生じたとは考えられない。
他方,亡Aは,同年12月28日頃には,黒色様の嘔吐を繰り返しており,胃や小腸に出血があった可能性がある。B医院の医師は,貧血の原因として消化管の出血を疑い,上部消化管内視鏡検査や下部消化管内視鏡検査を勧めている。C病院では,胃や大腸の内視鏡検査が行われたが,十分な検査を終える前に,亡Aは死亡した。
亡Aの死亡診断書(甲12)を作成したC病院の医師は,死因の種類を,事故による死亡ではなく,「病死及び自然死」としている。これに加え,亡Aは,本件事故までに,高血圧,心不全,糖尿病等と診断されていること,既に長年にわたる高血圧等の負担から慢性の拡張性心不全症を発症していたこと,当時の女性平均寿命に近い86歳であったことなどからすれば,亡Aは病死または自然死したものと考えるのが合理的である。
(3)争点③(損害)
(原告の主張)
ア 亡Aについて生じた損害
(ア)治療費 合計2万0658円
a B医院 6940円
b C病院 1万2498円
c D薬局 1220円
(イ)通院付添費用 3万6300円
B病院への通院(11日)について,日額3300円
(ウ)入院雑費 9000円
C病院の入院(6日)について,日額1500円
(エ)入院付添費用 3万9000円
C病院の入院(6日)について,日額6500円
(オ)葬儀費用 30万0000円
原告は,亡Aの葬儀費用として,平成29年1月27日,30万円を支払った。
(カ)休業損害 60万4509円
亡Aは主婦であり,本件事故から死亡までの間,下記の計算のとおりの休業損害が生じた。
基礎収入 日額8761円(平成27年女子学歴計70歳以上の賃金センサス(319万7900円)を365日で除したもの)
休業日数 69日(平成28年11月13日から平成29年1月20日までの入通院全期間)
(計算式:8,761×69=604,509)
(キ)死亡逸失利益(就労部分) 793万7827円
基礎収入 年額319万7900円(平成27年女子学歴計70歳以上の賃金センサス)
生活費控除 30%
逸失期間 平均余命の2分の1である4年(対応するライプニッツ係数は3.5460)
(計算式:3,197,900×(1-30%)×3.5460=7,937,827)
(ク)死亡逸失利益(年金部分) 148万7117円
基礎収入 年額57万5225円
生活費控除 60%
逸失期間 平均余命である8年(対応するライプニッツ係数は6.4632)
(計算式:575,225×(1-60%)×6.4632=1,487,117)
(ケ)死亡慰謝料 2500万0000円
(コ)入通院慰謝料 63万0000円
治療期間は平成28年11月13日から平成29年1月20日までの69日間であり,このうち6日間入院した。これを踏まえ,上記の金額とするのが相当である。
(サ)弁護士費用 360万6441円
(ア)ないし(コ)の合計の1割程度が相当である。
イ 原告に生じた損害(固有の慰謝料) 300万0000円
原告と亡Aは長年にわたり生活を共にしていた。亡Aを突然失うこととなった原告の精神的苦痛をあえて金銭に換算すれば,少なくとも上記の金額となる。
(被告らの主張)
ア 亡Aについて生じた損害
(ア)治療費について
B医院(6940円)とD薬局(1220円)については,本件事故との相当因果関係を認める。
C病院については否認する。
(イ)通院付添費用
否認する。通院付添の必要性を裏付ける事実が主張立証されていない。
(ウ)入院雑費
否認する。本件事故と相当因果関係がない。
(エ)入院付添費用
否認する。本件事故と相当因果関係がない。
(オ)葬儀費用
否認する。死亡に関する損害は本件事故と相当因果関係がない。
(カ)休業損害
否認する。亡Aは要介護4(立ち上がりや歩行が自力ではほとんどできない。食事などの日常生活について介護がないと行なえない状態。コミュニケーションの部分でも,理解力の低下があり,意思疎通がやや難しい状態)と認定されており,むしろ原告やヘルパーの介護を受ける状態であった。他人のために家事に従事できる状態にあったとは認められず,休業損害の発生も認められない。
(キ)死亡逸失利益(就労部分)
否認する。死亡に関する損害は本件事故と相当因果関係がない。
(ク)死亡逸失利益(年金部分)
否認する。死亡に関する損害は本件事故と相当因果関係がない。
(ケ)死亡慰謝料
否認する。死亡に関する損害は本件事故と相当因果関係がない。
(コ)入通院慰謝料
亡Aの傷害内容や治療期間などからすると,入通院慰謝料は19万円程度が相当である。
(サ)弁護士費用
争う。
イ 原告に生じた損害(固有の慰謝料)
不知ないし否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点①(本件事故の態様)について
(1)認定事実
ア 本件事故の発生場所付近の形状(乙1)
前提事実(2)のとおり,本件事故の発生場所付近は丁字路交差点になっている。直進路は,柏市千代田1丁目方面から,柏市八幡町方面に続く,片側1車線の道路である。車道の幅は6m(一車線3m)であり,両側に幅0.8mの路側帯が設けられている。突き当り路は,幅3mの道路である。
本件事故が発生したのは,午後6時30分頃であり,周囲は暗かった。
イ 被告自転車の損傷状況
本件事故の翌日である平成28年11月14日の時点で,被告自転車の前輪左側に払拭痕があった。ほかに,被告自転車に顕著な損傷等はなかった。
ウ 亡Aの説明(乙1,4)
(ア)B医院における説明
亡Aは,平成28年11月16日,B医院に通院し,①左側胸部,②右側上肢(肩から腕),③背中,④両大腿~下腿の痛みなどを訴え,腰背部打撲傷,肋軟骨骨折の疑い,左側胸部打撲傷等と診断された。
亡Aは,その受傷機転につき,同月13日午後6時頃,手押し車を押して歩行中,後ろから走ってきた自転車にぶつけられてひっくり返ったと説明した。
(イ)亡A立会の実況見分
平成29年1月13日,警察官による実況見分が実施され,亡Aが立ち会った。同人は,本件事故が発生した際,亡Aは,進行方向である柏市八幡町方面を向き,手押し車を押しながら,直進路の右側を歩いていたところ,背後から被告自転車にぶつけられて転倒した,被告自転車はそのまま4.2mほど進行したが戻ってきた旨指示説明した。
エ 被告Y1立会の実況見分(乙1)
平成28年11月14日,警察官による実況見分が実施され,被告Y1が立ち会った。同人は,本件事故が発生した際,被告自転車を運転して,直進路の進行方向(柏市八幡町方面に進む方向)に向かって左側を進行していたところ,約1m手前の地点で同一方向に向かって道路の左側を歩いていた亡Aに気付き,ブレーキをかけたが衝突した,本件事故後,被告自転車をその場に停止させ,亡Aもその場に立っていた旨指示説明した。
(2)検討
亡Aは,本件事故の3日後には,医療機関において,自転車にぶつけられてひっくり返った旨説明しており,実況見分においても同様の事実を指示説明している。同人が医療機関に対して訴えていた症状が特定部位に限定されていないこと,歩行者と後方からきた自転車の接触であるという事故態様,亡Aが事故当時高齢であったことに照らしても,同人の説明に特に不自然ないし不合理な点は見出せない。したがって,亡Aは,歩行中,被告自転車に後方から衝突されて転倒したものと認められる。
これに対し,被告らは,亡Aは,前記ウ(イ)の実況見分において被告自転車が同人の左側を追い抜いて行った旨説明しているが,被告自転車の前輪左側に払拭痕があることと整合せず,むしろ被告Y1の指示説明と整合する,被告自転車に損傷がみられないことも転倒するほどの衝突ではなかったとの被告Y1の指示説明と整合する旨主張する。
確かに,前記イのとおり被告自転車にはタイヤ左側の新しい払拭痕が存在するだけである。しかしながら,本件全証拠によっても,亡Aと被告自転車の衝突時の速度,衝突位置及び角度は正確には特定できず,速度,部位,角度によっては払拭痕が生じないことも十分考えられる。また,被告ら主張の態様からすれば,亡Aに生じる症状は右半身の背面部を中心としたものになるはずであるが,実際に亡AがB病院で訴えた症状は上記のとおり右半身の背面部に限られておらず,亡Aの愁訴の一部が本件事故以外に起因することをうかがわせる具体的事情もない。
したがって,前記払拭痕の存在をもって上記認定が左右されるものではなく,被告らの主張は採用できない。
2 争点②(本件事故による亡Aの負傷内容及び本件事故と死亡との因果関係)
(1)認定事実
前提事実,上記1(1)の認定事実に加え,証拠(認定事実の表題部等に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 亡Aの本件事故時点の身体状態
(ア)高血圧症・糖尿病(乙2,8)
亡Aは,平成14年頃に高血圧症,平成20年9月頃に糖尿病と診断された。これらの疾病は,本件事故当時も残存していた。
(イ)下肢の疾患等(乙2,8~11)
亡Aは,平成10年頃に変形性膝関節症と診断された。その後,平成16年頃には多発性脳梗塞を発症したこともあり,同年10月頃の時点では,両膝の変形と痛み,脳梗塞によるバランス不良のため歩行が制限されており,日常生活に介助が必要な状態であった。
亡Aは,平成20年5月には,歩行中に転倒して左大腿骨転子部の骨折,同年9月頃には,閉経後骨粗鬆症と診断され,その後も,平成25年12月には,多発性脊椎圧迫骨折,平成26年6月には第12胸椎圧迫骨折と診断された。平成27年11月には,階段を踏み外して落ち,右足関節偽痛風などと診断されて入院し,関節鏡下関節滑膜切除術の手術を受けた。
亡Aは,平成28年2月16日から4日間のうちにシルバーカーを用いて歩行中に2回転倒し,痛くて動けなくなったところ,右大腿骨頸部骨折等と診断されて,同月19日から同年5月13日までの間,E病院に入院した。
亡Aは,本件事故当時,介護保険制度上の要介護度4の認定を受け,デイサービスとヘルパーを利用していた。
なお,要介護度4は,要介護状態の区分の中で2番目に重い区分であり,座位保持,両足での立位,移乗,移動,洗顔,整髪といった能力が低下している状態が相当する。
(ウ)心臓の疾患等(乙2,8,10の1・2,13)
亡Aは,平成25年1月に閉塞性動脈硬化,同年10月に心不全と診断された。また,平成22年8月には心胸比53%,平成27年1月には心胸比68%と診断された。なお,心胸比は心臓の横径と胸郭の横径の比をいい,50%以上は病的意義を持つとされている。
さらに,亡Aは,平成28年2月20日に心臓超音波検査を受けた際には,左室肥大があること(中等度),心室中隔の収縮軽度低下があること,心室拡張能障害があること,大動脈弁狭窄症(軽度)があること,僧帽弁閉鎖不全症があること,三尖弁閉鎖不全症があること,左房の拡大があること,慢性拡張性心不全症と連合弁膜症であることなどが指摘された。
亡Aは,平成28年7月に,F病院において心臓超音波検査を受け,軽度の僧帽弁閉鎖不全症と左房,右房の拡張が認められ,慢性心不全と診断された。また,同月25日の血中ヘモグロビン値は12.4g/dLであった。
イ 本件事故後の亡Aの通院等
(ア)B医院(乙4,調査嘱託の結果)
a 平成28年11月16日
亡Aは,同日,B医院に通院した。
亡Aは,①左側胸部,②右側上肢(肩から腕),③背中,④両大腿~下腿の痛みなどを訴えた。また,亡Aは,転ぶ前にはせきはなかったが,転んだ後からせきが増えたこと,せきをした際に痛みがあること,便がかたく痛いので頻回にトイレに行けないなどと説明した。
なお,亡Aは,B医院への通院期間中,右胸部の痛みは訴えていない。
亡Aの通院に付き添った原告は,同医院医師に対し,事故の翌日は痛そうだったが保険のことで病院をどこにするか迷ったため受診しなかった,その翌日はB医院が休診であるため受診しなかった,痛みはだんだん増している様子であったと説明した。
同医院医師は,レントゲン画像検査上肋骨骨折は明らかではないが,圧痛があるため肋軟骨骨折が疑われる,右肺に陰影があるため落ち着いたら精査が必要となると判断し,両大腿から全身の筋肉痛,右肩打撲(外傷性肩関節周囲炎),腰背部打撲傷,左側胸部打撲傷等と診断した。
b 平成28年11月24日
亡Aは,同日,B医院に通院した。
亡Aは,同医院医師に対し,左側胸部痛を訴えたが,皮下出血等は認められず,食事はとれていると述べた。また,くしゃみやせきがでるとの訴えがあったが,痛みの訴えはなかった。
c 平成28年12月7日
亡Aは,同日,B医院に通院した。
亡Aは,転ぶ前はよく歩いていたが,左脇が痛く立っていられない旨説明した。同日からリハビリが開始された。
d 平成28年12月8日から同月21日まで
亡Aは,合計7日通院し,消炎鎮痛処置等を受けた。
e 平成28年12月28日
亡Aは,同日,B医院に通院した。
亡Aは,同日までに,腰の痛みや両大腿の痛みについて湿布を塗ると楽になった,左胸部の圧痛も消失したと述べ,他方で,急に気持ち悪くなり,真っ黒いものを嘔吐することを繰り返している旨説明した。また,トイレに座った際滑って倒れた旨も説明した。同医院医師は,原告に架電したところ,同人から,芋をもらってから嘔吐をし,同月27日は食欲なく戻していたと聴取した。
同医院医師は,亡Aの顔色も悪いことから貧血を疑い,検査を行ったところ,貧血に関連する数値である血中ヘモグロビン値は6.4g/dL(基準値は11.3~15.2g/dL),Feは10μg/dL(基準値は40~170μg/dL)であり,貧血の精査が必要であると判断した。また,長谷川式認知症スケールによる検査も行われ,結果は30点満点中14点であった。
B医院の医師は,原告に電話をかけ,認知症があることについて説明した。
f 平成28年12月28日以降
亡Aは,平成29年1月6日にもB医院の受診を予定したが,来院しなかった。そのため,同医院医師は,原告に対し,亡Aの貧血がひどく,GF(上部消化管内視鏡検査),CF(下部消化管内視鏡検査)をするように勧め,紹介状を渡すので早急にG病院を受診するよう促した。同医院医師は,原告が紹介状を取りに行った同月11日にも,これから亡Aを連れて病院に行くように指示した。
亡Aは,同月16日に胃ファイバー検査のためにG病院に受診する予定であった。(乙5・14頁)
(イ)Hクリニック(乙12)
亡Aは,平成28年12月29日,同病院に通院した。血圧は174/74mmHg,脈拍は毎分80回であり,体調は徐々に悪くなっている気はすると述べていた。
(ウ)C病院への入院(甲9,乙5)
a 入院の経緯
亡Aは,平成29年1月15日,外出中に路上で転倒しているところを通行人に発見され,C病院に救急搬送されて貧血精査のために入院することとなった。
また,同日のCT検査の結果,右肋骨のうち1本と左肋骨のうち6本に骨折があり,骨癒合の進行前又は進行中であること,右肺に腫瘤影があることがそれぞれ認められた。
b 入院後の状況
C病院の医師は,全身所見で胸部は特記なし,肺には腫瘍があり,CT検査では両側胸水少量,右肺中下葉の浸潤影,肺のうっ血は軽度として,貧血の原因は上部消化管にあると判断した。
亡Aは,入院時,緊急に胃ファイバーが施行されたが,出血源は明らかにならなかった。また,同月19日には大腸内視鏡検査も行なわれたが,明らかな粗大病変は認められなかった。もっとも,その検査は前処置不良(便が多量に残っている状態)であったこと,また,その施行中に亡Aが呼吸苦を訴えたため,通常の内視鏡観察はできなかった。
亡Aは,同月20日午前零時30分頃,呼吸状態が悪化し,気管挿管されたが,同日午前2時52分に死亡した。C病院の医師が作成した死亡診断書では,直接の死因は慢性心不全であり,その原因は心房細動であるとされた。死亡の種類は外因死ではなく病死であるとされた。
(2)検討
ア 原告の主張の概要
原告は,亡Aは本件事故で多発肋骨骨折及び肺挫傷ないし血胸の傷害を負い,この肺挫傷ないし血胸が平成28年12月28日当時の亡Aの貧血の原因である旨主張するため,以下,検討する。
イ 多発肋骨骨折の有無
本件事故の3日後の時点で撮影されたレントゲン写真では,多発肋骨骨折の所見はない(乙14,B医院に対する調査嘱託の結果)。
また,症状の経過をみても,亡Aは,本件事故後最初に通院した際には,せきをして痛いと訴えたものの,それ以降は,くしゃみやせきの際の痛みは訴えておらず,右胸部の痛みについては訴えもなく,平成28年12月28日の時点で,左胸の圧痛もなくなったことが認められる。
確かに,原告が指摘するように,証拠(甲10[枝番を含む],14)によれば,亡Aは,平成29年1月15日以前に肋骨の多発骨折の負傷をし,同日の時点では骨癒合の進行前ないし進行中の状況下であったと認められる。しかしながら,上記画像所見及び治療経過に加え,亡Aは,歩行が不安定であり転倒の危険をたびたび指摘され,実際に平成28年2月には4日間で2回転倒し骨折の診断を受けており,骨粗鬆症の疾病もあることなどからすると,本件事故後に転倒等を契機として肋骨の多発骨折が生じた可能性も否定できないのであって,これらの事情を総合すると,亡Aに平成29年1月15日時点で存した多発肋骨骨折が本件事故により生じたものであると推認できない。
ウ 貧血の原因
前記イのとおり,亡Aが本件事故で多発肋骨骨折を負ったものとは認められず,本件事故で肺挫傷ないし血胸を生じさせるような外力を受けたとは認められない。また,本件事故の3日後の時点で撮影されたレントゲン写真では,肺挫傷ないし血胸の所見はなく,C病院においても,肺挫傷ないし血胸との確定診断は受けていない。
他方,亡Aは,平成28年12月28日,黒いものの嘔吐を繰り返したと訴えており,胃や小腸から出血していた可能性がある。この点について,原告は,亡Aが腹痛などの小腸由来の出血を示唆する所見がないと主張し,それに沿う証拠(甲14)を提出するが,B医院の医師は,亡Aの上記主訴内容等から消化管内視鏡検査の必要を認めており,C病院の医師も同様の精査の必要を認めているのであって,上記可能性を否定することはできず,原告の主張は採用できない。また,C病院では,大腸の内視鏡検査が行われているが,前処置不良であり,通常の検査ができなかったのであるから,大腸からの出血があった可能性も否定できない。
これらに加え,亡Aは,平成28年12月28日当時,86歳と高齢であり,上記(1)アのとおり,高血圧症や糖尿病,心臓疾患等の多数の既往の疾患があって,同年7月には慢性心不全であると診断されているのであって,これらを原因とする可能性も否定できない。
以上の事実を総合すると,本件事故を原因とする肺挫傷ないし血胸が生じたこと及びそれが貧血の原因であったと推認できない。
(3)まとめ
以上のとおり,亡Aに本件事故による多発肋骨骨折が生じたこと,ならびに本件事故を原因とする肺挫傷ないし血胸が生じたこと及びそれが貧血の原因であったとは,いずれも認められない。よって,その余を検討するまでもなく,亡Aの死亡と本件事故との間に相当因果関係は認められない。
3 争点③(損害)について
(1)相当因果関係の認められる損害の範囲
前記1,2のとおり,亡Aは本件事故により腰背部打撲,右肩打撲,全身筋肉痛,左側胸部打撲傷等の傷害を負った。その後,B医院に通院して治療を受け,前記2(1)イのとおり,平成28年12月28日頃には,腰の痛みや両大腿の痛みについては,湿布を塗ると楽になり,左胸部の圧痛も消失した。
亡Aは,以後,平成29年1月15日までの間も含めB医院に通院しなかったことからすると,本件事故による負傷は,平成28年12月28日に症状固定に至ったものと認められる。その後のC病院における治療や,死亡については,本件事故との間には因果関係は認められない。
(2)検討
ア 治療費 合計8160円
B医院の治療費(合計6940円)とD薬局の薬剤費等(合計1220円)については,当事者間に争いがない。C病院の治療費(1万2498円)については,相当因果関係が認められないことは,上記(1)のとおりである。
イ 通院付添費用 3万6300円
証拠(甲5,乙4)によれば,原告は,B医院への11日間の通院に付き添ったことが認められる。亡Aは当時86歳と高齢であったことや歩行に支障があったことを考慮すると,B医院への通院には,原告の送迎が必要であったと認められる。よって,B医院への通院について,1回当たり3300円の通院付添費を認める。
ウ 入院雑費・入院付添費用 0円
本件事故とC病院の入院との間に相当因果関係が認められないことは,前記(1)のとおりである。
エ 葬儀費用 0円
本件事故と亡Aの死亡との間に相当因果関係が認められないことは,前記(1)のとおりである。
オ 休業損害 0円
亡Aは,本件事故当時86歳であり,前記1(2)のとおり,本件事故当時要介護4と認定され,デイサービスやヘルパーを利用していた。亡Aが主婦として家事を担っていたとは認められず,休業損害の発生は認められない。
カ 死亡逸失利益・死亡慰謝料 0円
本件事故と亡Aの死亡との間に相当因果関係が認められないことは,前記(1)のとおりである。
キ 入通院慰謝料 26万0000円
亡Aの受傷内容や,治療期間が平成28年11月13日から同年12月28日までの約1.5か月間に合計11日間通院したというものであることを考慮し,上記金額を相当と認める。なお,C病院の入院については相当因果関係が認められないことは,前記(1)のとおりである。
ク 原告固有の損害 0円
本件事故と亡Aの死亡との間には相当因果関係が認められず,固有の慰謝料は認められない。
ケ 弁護士費用 3万0000円
事案の難易,請求額,認容すべき損害額,その他諸般の事情に照らし,弁護士費用は,上記金額を相当と認める。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は,被告Y1に対し,民法709条に基づき,33万4460円及びこれに対する不法行為の日(本件事故の発生日)である平成28年11月13日から支払済みまで旧民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,また,被告保険会社に対し,保険契約に基づき,被告Y1に対する本判決が確定したときに,被告Y1に対するものと同一の支払を求める範囲で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
なお,原告の被告保険会社に対する請求については,仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととする。
東京地方裁判所民事第27部
裁判長裁判官 鈴木秀雄
裁判官 中 直也
裁判官 久保雅志