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拾った物にだって,権利はあるんだ!!

1700万円を拾って届けた。謝礼は?・・・

本稿は、平成18年の遺失物法の全面改正前の内容です。

ある男性が預金通帳や印鑑が入ったかばんを拾いました。

この預金には,1700万円以上の残高がありました。
この男性は、謝礼の支払いがないのは遺失物法違反だとして、裁判所に,落とし主に255万円の支払を求める訴訟を起こしたというのです。

遺失物法・・

さて,遺失物法には,次のような定めがあります。

(報労金)
28条 物件(誤って占有した占有した他人の物を除く。)の返還を受ける遺失者は,当該物件の価格(第9条第1項若しくは第2項又は第20条第1項若しくは第2項又は第20条第1項若しくは第2項の規定により売却された物件にあっては,当該売却による代金の額)の100分の5以上100分の20以下に相当する額の報労金を拾得者に支払わなければならない。

 

2(以下略)

例によって,法律の条文というのは,くどくどと分かりにくい書き方ですが,要するに,遺失者(落とした人)は,拾得者(拾った人)に,物件(落とした物)の価格のは5%から20%の範囲の報労金(御礼)を支払わなければならない,ということです。

要約すると,一見分かりやすいのですが,実際トラブルになると,とても難しい問題が発生します。

(1) 「物件の価格」とは,どのように決めるのでしょうか。
(2) 「5%から20%」の幅がある中で,どうやって割合を決めるのでしょうか。

 

これらについては,法律には何も定められていないのです。

 

通帳を拾った新潟の男性は,1700万円の残高がある預金通帳の価格を1700万円であると主張し,その15%である255万円の報労金の支払いを求めたのです。

 

「物件の価格」とは,どのように決めるのかという点((1))ついて,遺失物が現金であれば,話は簡単です。1700万円の現金の「価格」は,誰が考えても,1700万円と考えるでしょう。

しかし,1700万円の残高がある預金通帳の「価格」は1700万円ということができるのでしょうか。

 

 裁判例を調べてみると,手形や小切手についての事例があります。

例えば,11通の約束手形(額面合計2523万0300円)について,額面の2分の1又は3分の1を「物件の価格」として報労金が算定した事例があります(東京地裁平成3年5月30日判決)

また,小切手の遺失物の価格を額面総額の100分の2と評価するのが相当とするとした事例があります(東京高裁昭和58年6月28日判決)。

 

この小切手は,日本銀行が振り出した小切手であり,なんと額面総額は78億円を超えるものでした。日本銀行が振り出すのですから,不渡りというこはありえず,必ず現金化されます。つまり,使う分には現金と同様の機能を果たすはずです。

 「5%から20%」の幅から,割合をどう決めるか((2))について,現金の場合に次のような裁判例もあります。

土地の売主が地中に4000万円の紙幣を入れたクーラーボックスを埋め込み、その後探したが発見できないまま、この土地の売却先に引渡しました。その後,第三者がこの紙幣が入ったクーラボックスクを発見したいう事例です。

 

裁判所は,この紙幣は遺失物にあたると判断したうえ,紙幣の発見者に対する遺失物報労金5パーセントが相当としました(高松地裁観音寺支部平成12年7月17日判決)。

 

前記の額面合計2523万0300円の約束手形については,報労金の額を約束手形の価格(853万2317円と認定)の10パーとしました。
また,78億余円の小切手については,小切手の価格(は1億5741万7528円と認定)の5パーセントを報労金とするとしました。

 

以上の事例を見ると,現金以外の場合の物件の価格は,例えば,支払いをするところに措置を取るなど損害を防止するような手段がとれることも踏まえ,遺失後,物件の性質に応じ第三者の手に渡って遺失者が損害を受ける危険性の程度によって決めることになるし,報労金の額を決める割合は,状況によってケースバイケースに考えていくというほかないので,裁判所が物件の価格等諸般の事情を考慮して決定できるというくらいまでしか,ルールを作ることはできないでしょう。

 

手形や小切手は,これを用いて,拾った人などが,本人を装い支払いを受けてしまうということもあるというだけではなく,ここでは詳しくは述べないけれど,「善意の第三者」という言葉が使われるように,第三者が権利そのものを正当に取得する場合もあります。

 

 

これに対し,預金通帳は,預金の払戻を受ける際に証拠として必要だということであり,第三者が預金残高を正当に取得するということはありえず,手形や小切手の場合と比べ,遺失者の危険性のレベルは低いということができます。

 

また,価値が高ければ,報酬額を決める割合も少なくなるということも納得できるでしょう。

 

しかし,このように,一応の枠組みも見えてはきますが,いくら頑張ったところで,自動的に金額とか割合が決まる基準をたてることができるわけではありません。
つまり,裁判となった場合,結局は,裁判官の判断次第ということになるのです。

 

しかし,裁判官が皆似たような考え方で判断するのかというと決してそうではありません。

遺失者と拾得者の間で御礼をどうするかということは,借りたお金は返さなければならないという場合と対比して考えると,本来は,社会常識で決めるべきものとも言えそうです。基本は,拾ってもらって助かったという逸失者の感謝の気持ちです。
しかし,ドケチな逸失者もいるでしょう。また,御礼を過大に要求する拾得者もいるかもしれません。偶然拾った拾得者にとっては,不労所得,あぶく銭ということになるでしょう。

 

こうして,遺失物法が,上記のとおり,一定の基準を定めているのですが,遺失者と拾得者の間のトラブルに,幅をもうけているので,やはり,今述べたような逸失者,拾得者の立場や利害関係をどのように考えるかという判断が必要であり,裁判官の価値観,人生観に基づいた主観的判断,直感が入ることは避けられません。さらには,恣意的な判断が入らないという保障はないのです。

 

ただ,遺失物についての事例の場合は,事案毎と特殊性を並べると,ケースバイケースということで,事案としては,裁判官の個性が目立たないこともあるでしょう。

 

しかし,良い悪いは別として,「更新料」についての裁判例をみると,裁判官の価値判断がストレートに反映したものということができそうです。

 

では,次回また。

 

なお,遺失物法は改正され,新しい遺失物法が,平成19年12月10日に施行されていますが,報労金の決め方については変わっていません。

 

 

 

 

前田 尚一(まえだ しょういち)
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
ただ、私独自の強みを生かすことを、増員・規模拡大によって実現することに限界を感じています。今は、依頼者と自ら対座して、依頼者にとっての「勝ち」が何なのかにこだわりながら、最善の解決を実現を目ざす体制の構築に注力しています。実践面では、見えないところの力学活用と心理戦について蓄積があると自負しています。

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