自分は富裕層ではない。
そう考えてきた普通の会社員が、ある日突然、
相続や親族間紛争の当事者になる――
いま、そのような事例が確実に増えています。
「いつの間にか富裕層」という言葉の違和感
――普通の会社員が直面する、相続と紛争の現実――
自分は富裕層ではない、と思っている人ほど
相続や紛争の当事者になりやすい。
「いつの間にか富裕層」という言葉を、最近よく目にするようになりました。
特別な成功を収めたわけでもなく、普通に働き、普通に暮らしてきた会社員が、気づけば一定の資産を持っている――そうした人たちを指す言葉とされています。
一見すると、この言葉は前向きで、どこか安心感を伴う表現にも聞こえます。
しかし、弁護士として相続や親族間紛争の現場に立ち会ってきた立場から見ると、そこには見過ごされがちな違和感があります。
それは、「自分は富裕層ではない」という自己認識のまま、ある日突然、相続や紛争の当事者になる人が、確実に増えているという現実です。
相続や親族間の紛争は、かつては「資産家の問題」と捉えられがちでした。
ところが現在、実際に紛争の当事者となっているのは、いわゆる超富裕層や事業家だけではありません。
長年会社員として働き、住宅ローンを返済し、退職金や保険、金融資産を積み上げてきた家庭が、相続の場面で初めて、自身や家族が「争いの当事者」になり得ることを知る――そうしたケースは決して珍しくありません。
「うちは揉めるほどの財産はない」
「自分は富裕層とは無縁だ」
そう考えていたはずの家庭ほど、遺言がなく、財産の全体像が共有されておらず、役割分担や期待値も曖昧なまま、相続の場面を迎えます。
その結果、金額の多寡とは関係なく、感情と利害が絡み合い、紛争へと発展していくのです。
「いつの間にか富裕層」という言葉が示しているのは、新しい理想像でも、将来目指すべきモデルでもありません。
現に存在している「準備のない当事者」が、すでに相続や紛争の入口に立っているという事実にほかなりません。
問題は、資産の額ではありません。
自分が当事者になる可能性を、どれだけ現実のものとして捉えているかです。
相続や紛争は、特別な人の話ではありません。
「自分はまだ関係ない」と思っている人ほど、ある日突然、その渦中に立たされる――それが、いま現場で起きている現実です。






