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第60回 経営者の常識は危険!

月刊「財界さっぽろ」2017年07月取材

会社を守る法律講座

労働者を〝たきつける〟弁護士のHPも急増中

――電通「過労自殺」事件、ヤマト運輸「サービス残業」事件などの報道で、長時間労働・過重労働は問答無用で社会の敵という風潮が強まっていますね。

前田 最近は雑誌の特集でも「息子・娘を守れ!ブラック企業」(週刊エコノミスト)、「労基署が狙う」「人事部VS労基署 「働き方」攻防戦」(週刊ダイヤモンド)、「労基署はもう見逃さない あなたが書類送検される日」(日経ビジネス)など衝撃的なタイトルが目に付きます。

ネットで「残業代請求」や「未払い残業代」と検索してみると、労働者側に向けた弁護士のホームページがずらっと並びます。残業代チェッカーを設置するサイトのほか、弁護士が開発した残業の証拠確保と残業代推計のアプリとされる「残業証拠レコーダー」を無料提供するサイト、多くの弁護士を紹介しているサイトもあります。

〝弁護士大量増員時代〟を迎えた若手弁護士らが、手っ取り早く手を出したくなる分野なのかも知れません。

――法律上、未払い残業代はどのように計算されるのですか。

前田 残業代は最低でも2割5分の割増で計算され、遅延損害金として支払いが遅れた分の年14・6%が加算されます。訴訟となった場合、裁判所はこれに加え、残業代と同額の付加金および年5%の遅延損害金の支払いを命じることができます。時効がありますが、2年分は支払う必要があります。

残業代を請求された経営者は「残業代を支給しないことに同意していた」「基本給に残業代を含めて金額を決めていた」「歩合給を払っている」「年俸制にしている」などと反論しますが、裁判ではほとんど通用しません。日本マクドナルドが、いわゆる「名ばかり管理職」とされた直営店の店長に残業代を払わないのを違法とした裁判例がその代表です。

――勝手な残業や能力不足で居残っているケースもあります。

前田 解雇の場合もそうですが、能力や態度などは客観的・一義的に判断しにくいものです。経営者たる者、初めからきちんと時間の管理や従業員の教育をしなさい、と裁判所から弾劾されることになります。仮眠時間や空き時間にパソコンで遊んだ場合も労働時間に含まれるとした事例もあります。

――立証責任は請求する労働者にあるのではないのですか。

前田 裁判の原則はその通りですが、タイムカードの始業時刻から終業時刻まで、すべてが労働時間と算定された裁判例もあるほか、労働者自身が作成した労働時間整理簿をもとに、残業時間を認定した判例もあります。経営者としては、労働者自身が作成した労働時間整理簿は信用性に欠けると反論したいところですが、時間の管理は本来、会社側がすべきであり、手を抜いたのだからやむを得ない、という考えが裁判所にはあります。

だからといって個別的な労務紛争となった場合、従業員側の言いなりになる必要はありません。事件ごとに個性や特性があり、専門的な見地から具体的な状況を詳細に検討し、落としどころを探っていかなければなりません。

実際、当事務所でも1330万円余りの遅延損害金を請求された未払い賃金支払い請求事件で、会社側の代理人として475万円で和解を成立させた事例があります。また、地方ではらちが明かず、あえて最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、実質的な成果を獲得できた事例もあります。

 

お手軽な対応が取り返しのつかない事態に

――最近は会社側もいろいろ工夫しているのではないですか。

前田 「名ばかり管理職」の問題に裁判所の判断が下されてから、「固定残業代(定額残業代)制度」を利用しようとする会社が増えたようです。しかし、この制度を活用するつもりが、残業代にしようと目論んだ部分までもが残業代の基礎となる基準内賃金に組み込まれ、逆に支払うべき総額が激増することもあります。

その一例が「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件」です。裁判所が同制度自体の有効性は認めたものの、支給している手当ては95時間分の時間外賃金であるとする会社の主張をしりぞけた事例があります。支給額は月45時間分の残業の対価であり、それを超えた残業および深夜残業に対しては、法律に従った時間外賃金の支払いを命じました(札幌高裁2012年10月19日判決)。

また、外回りが多い営業の場合、「事業場外労働のみなし制」と呼ばれる制度を導入することがあります。外勤などの労働時間の算定が難しい場合、通常必要とされる時間を「みなし時間」としてあらかじめ設定しておく仕組みです。ただ、この制度で残業代が一切発生しないと考えるのは大間違いです。事実、最高裁は募集型企画旅行の添乗業務であっても、この制度を適用できないとしています(02年1月24日判決。「阪急トラベルサポート残業代等請求事件」)。

労務問題一般にいえることですが、誰でも思い付くようなお手軽な方法の多くは失敗します。解雇が難しいからと従業員に退職願を提出させる「退職勧奨」もやはりよく失敗します。労働法は労働者に有利にできており、裁判所も労働者に有利に判断する傾向があるという現実を受け入れ、冷静に緻密な対応策を考えていかなければなりません。

――未払い残業代の請求は退職後が多いようですね。

前田 退職に至る経緯が納得できないという場合が多いでしょうが、これからは、単純に縁の切れ目で精算するという感覚で事を起こすことも多くなりそうです。労務問題で何よりも重要なのは、法律を遵守した経営に加え、労使間の信頼関係であることは明白です。当事務所では、例えば就業規則の制定あるいは見直しを図る場合、弁護士の得意な紛争を想定した検討ばかりではなく、日々日常の現場に詳しい社会保険労務士と協働したり、意見を聞いています。

――会社は今後どのように労務問題に対応していくべきですか。

前田 「モンスター社員」が増えている一方、企業にとって深刻なのは「人手不足」です。労務トラブルが会社にとって複雑骨折となりかねず、ヤマト運輸の現況は中小企業にとっても象徴的です。

今後、政府が今年3月末にまとめた「同一労働同一賃金」と「長時間労働の是正」を重要な柱とする「働き方改革実行計画」の法制化が進みます。過重労働に対する「労基署」の活動もさらに活発化するはずです。そんな中「お手軽本」や「世間の物知り」の話に飛びつき、小手先での対応は危険です。「ブラック企業」との汚名を着せられることは、会社経営にとって致命的となりかねません。

就業規則の制定・見直しをすることはもちろん、法律を踏まえた運用をしていくにはどうしたらよいのか。改めて真剣に考えなければ、生き残ることができない時代になっていくでしょうね。

 

 

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サンプル⇒「働き方改革関連法」中小企業の時間外労働の上限規制導入は?

前田 尚一(まえだ しょういち)
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
ただ、私独自の強みを生かすことを、増員・規模拡大によって実現することに限界を感じています。今は、依頼者と自ら対座して、依頼者にとっての「勝ち」が何なのかにこだわりながら、最善の解決を実現を目ざす体制の構築に注力しています。実践面では、見えないところの力学活用と心理戦について蓄積があると自負しています。

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