石破は叩かれやすかったが、高市は反対者からさえ正面切って敵視されにくい。
近年の日本社会では、
強烈な改革も、決定的な破局も起きにくくなっています。
政治でも、企業でも、組織でも、
「誰が正しいか」だけでは人が動かず、
むしろ“この人となら耐えられるか”という感覚の比重が高まっています。
それは単なる人気論ではなく、
疲弊社会における「求心力」の変質なのかもしれません。
閉塞感の正体は、「悪意」ではなく“疲労”なのかもしれない
近年の日本政治を見ていると、
奇妙な感覚を覚えることがあります。
以前であれば、
大騒ぎになっていたであろう問題が、
大炎上し切らずに流れていく。
逆に、
大きな期待や熱狂も生まれにくい。
政治全体が、
どこか「低温化」しているようにも見えます。
もちろん、
物価高、少子高齢化、財政問題、国際情勢、安全保障、エネルギー問題など、
現実の課題が消えたわけではありません。
むしろ問題は増えています。
それにもかかわらず、
社会全体としては、
強い推進力にも、強い破局感にも向かいにくい。
そこには、
単なる政局や支持率だけでは説明し切れない、
「閉塞感の構造」が存在しているように思われます。
現在は、
・人口動態
・財政制約
・国際環境
・中間層の疲弊
・メディア収益モデルの変化
・SNSによる短期感情化
・情報過多による集中力低下
などが同時進行しています。
その結果、
「誰がやっても簡単には解決できない」
という感覚が、
社会全体に広がっている。
すると、人々の評価軸も変わっていきます。
以前であれば、
「何を実現するのか」
「どの理念が正しいのか」
が強く問われていました。
しかし現在は、
それだけでは人が動きにくい。
むしろ、
「この人となら耐えられる」
「この人の周囲には勢いがある」
「停滞の中でも熱量を失っていない」
という、“人物磁力”の比重が高まっているように見えます。
俗に「人垂らし」と呼ばれるような力です。
これは単なる人気取りではありません。
むしろ、
疲弊社会における“接続力”に近い。
正論だけでは、
組織も社会も動かなくなっている。
だからこそ、
政策能力とは別軸で、
「人が寄ってくる力」が重くなっているのかもしれません。
もっとも、
ここで重要なのは、
その人物磁力自体が、
必ずしも社会を大きく変える実効力には直結しない、という点です。
現在は、
構造条件そのものが重く、
個人の政治能力だけで、
社会全体を大きく転換させる余地が狭い。
そのため、
・強烈な成功も起きにくい
・強烈な失政も起きにくい
・低空飛行が続く
・しかし急激には壊れない
という、
粘性の高い停滞状態が生まれやすくなっています。
そして、この状況は、
政治だけではありません。
企業経営でも、
組織運営でも、
SNS空間でも、
「正しさ」だけでは人が動かず、
一方で、
大きな方向転換を行うエネルギーも不足している。
結果として、
社会全体が、
“管理運転モード”へ移行しているようにも見えます。
それは安定なのかもしれません。
しかし別の見方をすれば、
静かな消耗が、
長く続いている状態とも言えるのでしょう。
もっとも、
現実の紛争や経営判断では、
この「低温化」は、
必ずしも安心材料にはなりません。
社会全体の反応が鈍くなるということは、
逆に言えば、
「本来なら途中で止まっていた問題」が、
静かに深部まで進行しやすくなる、
ということでもあるからです。
以前であれば、
・周囲が止めた
・組織が騒いだ
・メディアが炎上した
・親族や取引先が介入した
ような場面でも、
現在は、
誰も強く動かないまま、
問題が蓄積し続けることがある。
その結果、
表面上は静かなまま、
・相続紛争
・経営対立
・労務問題
・家庭問題
・資金繰り悪化
・組織崩壊
などが、
「ある日突然、事件化する」
という形で噴出しやすくなる。
つまり現在は、
“摩擦が減った社会”というより、
「初期警報が働きにくくなった社会」
なのかもしれません。
だからこそ、
現代では、
単なる法的正解だけではなく、
・どの段階で止めるのか
・どこで整理するのか
・誰が現実責任を引き受けるのか
・どの時点で初動を行うのか
という、
“分岐管理”そのものの重要性が高まっています。
強い熱狂も、
強い破局感も生まれにくい時代だからこそ、
逆に、
静かな局面変化を見落とさないことが、
以前より重要になっているように思われます。
とはいっても、カリスマ、人気者待望論ではありません。
社会が低温化するほど、
単なる“正しさ”でも、
単なる“人気”でもなく、
現実の摩擦を引き受けながら、
人・組織・制度を接続できる者の比重が重くなること。
そして、その差は、
大きな理念ではなく、
日々の初動・判断・接続の積み重ねとして現れるのでしょう。
あわせてお読みください:
「判断の現場に立ち続けるということ」
『恐怖と向き合い、なお判断し続けるという仕事
――弁護士として、人生の修羅場に立ち会ってきて思うこと』
【判断基準に戻る】
本稿でなぞらえた話から離れて、
判断の基準そのものを確認される場合はこちらをご参照ください。
判断とは何かを整理する
【次のステップ】
法律問題の具体例を踏まえて、
実際の判断基準を整理する場合はこちらをご参照ください。
判断を具体例で整理する






