相続対策では、遺言や生前贈与などの提案を、本人が守りたい生活・財産・事業に結び付けて判断します。手段の効果に加え、誰にどの負担が残り、実行に何が必要かを整理することが、最初の対応になります。
「遺言を作りましょう」「生前贈与を進めましょう」「保険や信託を活用しましょう」。
相続の準備では、さまざまな提案を受けます。専門家の説明を聞いても、どれを選べばよいか、判断が難しくなることがあります。
自宅を残すこと、家族への配分をそろえること、会社を後継者に引き継ぐこと。どれも大切であっても、すべてを同時に実現できるとは限りません。
最初に必要なのは、ご本人の希望を具体的にし、提案の効果と負担を同じ全体像の中で確かめることです。相続対策は、当事務所が重視する「初動で結果が変わる」という実務観が、具体的に現れる場面です。
相続対策の提案を、本人の判断につなぐ――何を守り、どの負担を受け入れ、いつ動くか
1 提案を選ぶ前に、解決したい問題を明らかにする
相続対策には、遺言、生前贈与、生命保険、信託など、さまざまな手段があります。
ただし、それぞれの手段が役立つかどうかは、実現したい内容と、現在の財産・家族関係によって変わります。
配偶者が住み続けられるようにしたいのか。介護を担った子に多く残したいのか。会社の議決権を後継者に集中させたいのか。家族に管理の難しい財産を残したくないのか。
この点が曖昧なままでは、専門家から提案を受けても、何を基準に選ぶかが定まりません。
最初に固定するのは、手段ではなく、現在の事実と、ご本人が実現したいことです。
希望も一つとは限りません。複数の希望がある場合には、両立できるものと、優先順位を決める必要があるものを分けます。
2 「自宅を残したい」という言葉を、そのまま結論にしない
同じ「自宅を残したい」という希望でも、その意味は異なります。
配偶者が住み続けられるようにしたい。同居の子に住まいを確保したい。家族の思い出のある建物を残したい。土地を次の世代へ引き継ぎたい。
居住の確保が中心であれば、所有権の帰属だけでなく、居住を支える法的な方法と、維持費を確認します。
建物を残すことが中心であれば、修繕費や将来の利用を考えます。土地の承継が中心であれば、建物の維持とは別の判断になることもあります。
さらに、別の家族への配分や遺留分への対応が必要なら、その支払資金も問題になります。
「家を渡せば希望は実現する」と捉えると、取得した人に支払や管理の負担が集中することがあります。
何のために残すのかを確かめることで、必要な手段と、受け入れる負担が具体的になります。
3 後継者への株式集中は、会社と家族の両面から判断する
事業承継では、後継者に株式を集中させる提案が出ることがあります。
経営に必要な議決権を確保するうえで意味のある方法ですが、株式の移転だけで承継が完了するわけではありません。
後継者に経営を担う意思があるか。会社の借入れや個人保証をどう扱うか。事業用不動産の所有者と会社の利用関係が整っているか。後継者以外の家族への配分をどうするか。
こうした条件を一緒に確認します。
たとえば、株式は後継者に集中させても、工場の土地を別の家族に承継させれば、その利用条件が事業の継続に影響することがあります。
また、株式の評価額が高い場合には、ほかの相続人への金銭支払が課題になります。会社の財産と後継者個人の財産も区別して考える必要があります。
提案が会社の意思決定に役立つことと、家族全体の承継として実行できることを、合わせて確かめます。
4 専門家の提案を比較するための4つの問い
税理士、司法書士、弁護士、金融機関などは、それぞれの専門性と担当範囲から情報や提案を示します。
提案の内容が異なる場合には、結論だけを比べるのではなく、前提と対象を確認します。
確認する問いは、次の4つです。
- 何を実現するための提案か。
- どの事実や評価額を前提にしているか。
- 誰に、どの費用・制約・管理負担が生じるか。
- 前提が変わった場合に、どこを見直す必要があるか。
税負担を抑える提案にも、本人が財産を使う自由への影響があります。配分を均等にする提案にも、会社の議決権が分散する可能性があります。
こうした効果と負担を並べて初めて、ご本人の希望に合うかどうかを判断できます。
複数の提案を受けたときは、資料と説明を残し、どの前提について意見が異なっているのかを明らかにします。その違いが税務評価なのか、法的な実現可能性なのか、本人の希望の捉え方なのかによって、次に確認する相手も変わります。
5 本人が決めることと、弁護士が判断すること
誰の生活を優先するか。何を残したいか。家族への配分にどの程度の差を設けるか。どの負担なら受け入れられるか。
こうした価値の選択は、ご本人の意思に基づきます。
一方、希望する方法が法的に成り立つか、遺留分などの問題があるか、争われた場合にどのような見通しがあるかは、弁護士が専門的に検討し、説明すべき事項です。
希望があるからといって、そのまま実行できるとは限りません。法的に可能であっても、支払資金や管理する人が確保されていなければ、準備が残ります。
弁護士は、実現が難しい点、残る負担、別の選択肢を具体的に示します。そのうえで、ご本人が何を選び、どの負担を引き受けるかを決めます。
本人の意思を確認することと、専門家が必要な見通しを示すことの両方が、判断の支援には必要です。
6 初動では、何を確かめ、何を避けるかを決める
相続対策の初動は、すぐに財産を動かすこととは限りません。
まず、財産と債務、家族関係、現在の利用状況、ご本人の希望を確認します。そのうえで、急ぐべき事項と、資料をそろえてから決める事項を分けます。
たとえば、後継者の意思を確認せずに株式の移転だけを進めたり、ご本人の生活資金を見込まずに贈与額を決めたりすると、後から修正が必要になることがあります。
家族に配分を説明する場合にも、確定した内容と検討中の案を区別します。検討中の案を決定事項として伝えると、後の変更が不信や対立につながることがあります。
一方、健康状態や判断能力の低下が懸念される場合には、遺言の作成を急ぐ必要もあります。
初動で決めるのは、確認する事項、当面避ける行動、次に決断する事項と時期です。
慎重さを理由に、準備を止め続けることも避けます。
7 検討の結論を、次の行動に結び付ける
相談や検討の後に、「もう少し考える」という言葉だけが残ると、準備は進みません。
結論は、次のいずれかの形で明らかにします。
- 現在の材料で決め、作成や手続に進む。
- 不足する資料を確認し、判断する時期を定める。
- 現時点では実施しないと決め、見直す条件を定める。
たとえば、「自宅を誰に残すかは決める。支払資金を試算したうえで、ほかの財産の配分を確定する」という進め方があります。
事業承継であれば、「後継者の意思を確認する時期を定め、それまでは株式移転を進めない」と整理することもあります。
決められない事項を残す場合にも、何を確認すれば決められるのかを明らかにします。
これにより、検討を続けることと、先送りを区別できます。
8 作成した後も、前提が変われば見直す
相続の準備から実際の相続までには、時間があります。
介護費が増える。不動産を売却する。後継者の考えが変わる。財産を残す予定の人が先に亡くなる。こうした変化によって、当初の配分が成り立たなくなることがあります。
必要なのは、将来をすべて予測することではありません。どの前提に基づいて決めたかを残し、前提が変わったときに見直せるようにすることです。
相続後の管理や事業の意思決定、金銭支払まで見通したうえで、現時点の結論を定めます。
時間に耐える判断は、変更できない結論を作ることではなく、判断の根拠と、見直す条件を明らかにすることから始まります。
9 当事務所の相続対策への関わり方
前田尚一法律事務所では、相続の準備について、本人の希望、財産と家族関係、法的な制約、実行に伴う負担を確認します。
相談の対象を具体的にし、何を決め、何を確認し、いつ動くかを整理します。必要に応じて税理士・司法書士等の専門的な検討につなぎ、その結果をご本人の選択に反映します。
35年以上の弁護士実務を踏まえ、作成する書類だけでなく、相続後の生活、家族関係、会社の意思決定にどのような影響が残るかを検討の範囲に含めます。
相続対策で最初に問われるのは、どの手段を選ぶかに加え、その手段によって何を実現し、誰がどの負担を担うかです。
その関係を具体的にし、次の行動を定めることを、当事務所の実務の出発点としています。






