「この社員には辞めてもらいたい。」
経営者がそう考えること自体は珍しいことではありません。
しかし、解雇や退職勧奨は、経営者が考えるほど単純ではありません。
日本の労働法制の下では、
解雇したいと思った時点では既に手遅れになっていることさえあります。
問題は、
解雇するかどうかではなく、
その前の段階で何を見て、何を積み上げてきたかにあります。
解雇は決断の問題ではなく、準備の問題である
経営者からの相談で最も多いものの一つが、
「この社員を辞めさせたい」
という相談です。
勤務態度が悪い。
能力が不足している。
協調性がない。
会社の方針に従わない。
経営者としては、
なぜその社員に辞めてもらいたいのかを明確に説明できます。
そして多くの場合、
「これだけ問題があるのだから解雇できるはずだ」
と考えています。
しかし現実には、
解雇が有効と認められるためのハードルは極めて高く、
経営者の感覚とは大きな隔たりがあります。
重要なのは、
解雇理由そのものではありません。
その問題に対して、
会社がどのように対応してきたかです。
指導は行われていたか。
改善の機会は与えられていたか。
配置転換は検討したか。
評価や注意は記録として残っているか。
就業規則や社内制度は整備されているか。
裁判所が見ているのは、
そのような積み上げです。
つまり、
解雇の可否は、
解雇を決めた日の判断ではなく、
その前の数か月、
場合によっては数年間の対応によって決まることが少なくありません。
退職勧奨についても同様です。
「解雇できないなら自主的に辞めてもらおう」
という発想は理解できます。
しかし方法を誤れば、
退職勧奨ではなく退職強要と評価されることがあります。
また、
解雇や退職勧奨を契機として、
労働組合対応、
労働審判、
訴訟、
SNSや口コミによる風評問題など、
別の問題へ発展することもあります。
だからこそ、
重要なのは解雇という行為そのものではありません。
問題が顕在化した段階で慌てるのではなく、
その前から情報を整理し、
事実を記録し、
選択肢を検討しておくことです。
私は長年、企業側の立場で労働問題に携わってきました。
その経験から感じるのは、
解雇の成否は、
法廷で決まる前に、
かなりの部分が日常の労務管理で決まっているということです。
解雇したいと思った時には、
すでに勝負は始まっています。
そして多くの場合、
結果を左右するのは、
解雇通知書ではなく、
その前に積み上げられた事実なのです。






