“ファーウェイが狙うヒト型ロボの開発基盤 中国上位3社で世界シェア8割、 続々と工場勤務”
日経ビジネス電子版(2026.10.1)のタイトルです。
中国では、ヒューマノイド(ヒト型ロボット)が実証実験の段階を越え、実際の工場で働き始めています。
注目すべきなのは、ロボットそのものだけではありません。工場に投入して実作業のデータを蓄積し、そのデータでAIを改善し、さらに実用化を進める。中国が、AI、ロボット、製造業を結びつけた巨大な産業基盤を形成しつつあることです。
これは、技術競争や世界経済だけの問題なのでしょうか。
もちろん、ヒューマノイドそのものが台湾有事を意味するわけではありません。重要なのは、AI、半導体、ロボット、電池、製造設備、データなどを含む産業基盤が、安全保障上の能力や選択肢とどのように結びついていくのか、という点です。
台湾をめぐって中国が軍事的手段に出るという「まさか」を考えたとき、半導体、AI、ロボット、電池、海運、エネルギーなどの産業基盤を誰が握っているかは、日本の経済安全保障にも直結します。
ロシアによるウクライナ侵攻は、「合理的に考えれば、そこまではしないだろう」という見方だけでは、国家の行動を考えるうえで十分ではないことを示しました。
そして日本には、太平洋戦争開戦前に日米戦争をシミュレーションし、日本の敗北を予測していた総力戦研究所という先例があります。この史実を題材の一つとする映画『開戦前夜』を見ると、80年以上も前にこれほどの予測がなされていたこと自体に驚かされます。
しかし、「こんな予測が既にあったのか」と感心するだけでは、現在に生かしたことにはなりません。「それにもかかわらず開戦した日本は誤っていた」と過去を批判するだけでも足りません。
国家の将来について相当程度のシミュレーションが行われ、それが存在していても、最終的な意思決定を拘束する仕組みではなかった。
本当に考えるべきなのは、合理的な分析や、ときには不都合な予測を、実際の意思決定に反映できる構造をどうつくるかという具体論です。
AIによって、1941年とは比較にならないほど大量の情報を処理し、複数のシナリオを検討できるようになりました。
だからこそ、AIに何を予測させるかだけではなく、その分析を誰が受け止め、どの段階で意思決定に組み込み、組織の惰性や反対の圧力がある中で、誰が決断し、どう実行するのかまで考える必要があります。
AIによって予測能力が高まるほど、「予測を判断と行動に変える仕組み」の重要性は、むしろ大きくなるのではないでしょうか。
「まさか」を考えるためのAI
――予測を「判断」と「行動」に変える構造
1 中国のヒューマノイドは「工場で働く」段階へ
2026年、中国ではヒューマノイドが次々と製造現場に投入され始めています。
日経ビジネスが紹介した事例では、中国企業AGIBOTのヒューマノイドが電子機器工場で、製品をつかんで検査装置にセットし、検査結果に応じて良品と不良品を仕分けています。
現段階では、ピッキング、運搬、検査など比較的単純な作業が中心です。
しかし、重要なのは現在できる作業の高度さだけではありません。
工場に投入する。
↓
実際の作業データを取得する。
↓
そのデータでAIを学習させる。
↓
性能が向上する。
↓
さらに多くの工場に投入する。
この循環が始まっていることです。
中国には巨大な製造現場があります。電気自動車(EV)の発展によって、電池、モーター、センサーなどのサプライチェーンも形成されています。
これらがフィジカルAIと結びつけば、中国は単に「ロボットを大量生産できる国」ではなく、現実世界で働くAIを大量に学習させ、改良し続けることのできる国になっていきます。
2 ファーウェイが狙うのは、一台のロボットではない
さらに興味深いのがファーウェイの動きです。
同社は2026年6月、ヒューマノイドなどのエンボディドAIについて、開発環境、データ、AIモデルの学習、検証などを一括して支援する開発基盤の提供を始めました。
つまり、自ら一種類のヒューマノイドを作って勝負するだけではありません。
多数のメーカー、大学、開発者が利用する基盤そのものを押さえようとしているわけです。
個々の製品の優劣だけを見ていると、この動きを見落とします。
見るべきなのは、
製品そのもの
だけではなく、
製品を次々と生み出し、現場からデータを取得し、改良を繰り返す構造
です。
3 これは世界経済だけの問題なのか
中国のフィジカルAIの発展を見れば、まず日本企業の国際競争力が問題になります。
しかし、もう一段違う角度から考えておく必要があります。
台湾問題です。
もちろん、中国が台湾に対して実際に軍事力を行使するかどうかを、簡単に予測することはできません。
また、「台湾有事」といっても、全面的な上陸侵攻だけが想定されるわけではありません。
軍事的威圧、海上封鎖、限定的な軍事行動、サイバー攻撃など、さまざまな局面があり得ます。
重要なのは、
「起こる」「起こらない」のどちらかを当てることではありません。
それぞれの場合に何が起こるのか、そして日本は何を準備しておくべきなのかを、平時のうちに考えておくことです。
4 ウクライナ侵攻――「合理的だから、しない」とは限らない
ロシアによるウクライナへの全面侵攻は、この問題を考えるうえで重要な実例となりました。
戦争を始めれば、ロシア自身も巨大な経済的・人的損失を被ります。西側諸国による経済制裁も予想できました。
その意味では、
「そこまで大きな不利益を被る行動を、本当にするのか」
という見方には、それなりの合理性がありました。
しかし、実際には侵攻は行われました。
国家の意思決定は、経済合理性だけで決まるわけではありません。
安全保障、歴史認識、指導者の信念、国内政治、国家の威信、情報の偏り、相手国の反応についての誤認など、さまざまな要因が作用します。
したがって、
「中国自身の経済的損失も巨大だから、台湾をめぐって軍事的手段には出ないだろう」
というだけでは、十分な検討にはなりません。
「合理的なら、しないだろう」と、
「した場合に備えなくてよい」とは、
別の判断です。
5 映画『開戦前夜』と総力戦研究所
ここで思い出されるのが、総力戦研究所です。
2026年7月31日に公開された映画『開戦前夜』は、前年に放送されたNHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」のドラマ部分を再構成し、新たな場面を加えた作品です。
1941年、日米開戦前の日本。
総力戦研究所に集められた若手官僚、軍人、民間人らが模擬内閣を組織し、日米戦争をシミュレーションします。
検討されたのは、単なる兵力の比較ではありません。
石油などの資源、生産力、船舶、輸送力など、国家が戦争を継続するための条件を総合的に検討し、「日本必敗」という結論に至ったとされています。
映画も、この分析と、現実の日本がその後開戦へ進んでいく過程を描きます。
作品は全国89館から公開され、公開10日間で興行収入1億円を突破し、20日間で動員約13万9000人、興行収入2億円を超え、上映館も157館へ拡大しました。
歴史を扱う比較的小規模な作品として、多くの人がこの問題に関心を寄せたことは興味深いところです。
6 「こんな予測があったのか」で終わらせない
この映画を見ると、
「開戦前に、ここまで考えていた人たちがいたのか」
と驚かされます。
そして、
「それほど明確な予測があったのに、なぜ日本は戦争を始めたのか」
という疑問を持つことになります。
しかし、そこで思考を止めてはいけないと思います。
後世にいる私たちは結果を知っています。
その立場から、
「予測を無視して開戦した当時の日本は愚かだった」
と評価することは容易です。
しかし,より重要なのは、
では、自分たちなら、現在得られる不都合な予測を本当に意思決定に反映できるのか
という問いです。
これは歴史の評価ではなく、現在の制度設計の問題です。
7 現代なら「2026年版・総力戦研究所」が可能になる
現在、台湾をめぐる事態について同じような検討をするとすれば、扱う情報量は1941年とは比較になりません。
台湾周辺で軍事的緊張が高まった場合、
半導体はどうなるのか。
台湾海峡を通る海運はどうなるのか。
原油・LNGなどのエネルギー輸入はどうなるのか。
中国との貿易はどうなるのか。
中国に工場を持つ日本企業はどうなるのか。
株式・為替市場はどう反応するのか。
通信やサイバー空間はどうなるのか。
そして、AI、ロボット、電池、レアアースなどの戦略産業はどうなるのか。
これらは独立しているわけではありません。
一つの変化が次の変化を引き起こします。
この膨大な連鎖を扱う道具として、AIは極めて有益です。
8 AIには未来を一つ「当てさせる」のではない
もっとも、AIに、
「中国は台湾に侵攻しますか」
と尋ね、その答えを政策判断にすることがAI活用ではありません。
むしろ、
複数のシナリオを同時に検討する。
そのためにAIを利用するべきでしょう。
例えば、
軍事的威圧にとどまる場合。
台湾周辺の海上交通が一定期間阻害される場合。
限定的な軍事衝突が起きる場合。
米国や日本が経済制裁を発動する場合。
中国が対抗措置をとる場合。
事態が長期化する場合。
それぞれについて、産業、金融、エネルギー、物流、安全保障への波及を検討する。
さらに重要なのは、AIを「自分の考えを補強する道具」にしないことです。
自分たちの前提を疑わせる。
反対のシナリオを作らせる。
見落としている変数を探させる。
最悪の場合を検討させる。
AIは、未来を一つ当てる機械というより、
人間が判断するために、検討すべき未来と視点を増やす道具
として使う方が有益です。
9 問題は「AIが正しいか」だけではない
しかし、ここで総力戦研究所の経験が再び重要になります。
仮にAIが極めて精緻な分析を行い、
「この場合、日本にはこれだけの損害が発生する」
「したがって、今からこの準備が必要である」
と示したとしても、それだけでは国家も企業も動きません。
対策には費用がかかります。
平時には無駄に見える備蓄も必要になるでしょう。
効率のよいサプライチェーンを、あえて冗長にする必要があるかもしれません。
現在利益を上げている事業を縮小する判断を迫られる場合もあります。
そして政治には、
誰が負担するのか。
いつ実行するのか。
どこまでの危険を前提にするのか。
国民にどう説明するのか。
という問題があります。
これは、予測精度とは別の問題です。
そして、AIを意思決定に使う場合には、AIの分析結果をそのまま人間が受け取るだけでは十分ではありません。
一つのAIに一つの答えを求めるのではなく、あるAIに分析させた結果を、別のAIや専門家に検証させる。さらに、「この分析が間違っているとすれば、どこに問題があるのか」「どの前提を疑うべきなのか」と反証させる。
AI → 別のAI・専門家 → 反証 → 人間の判断。
このように、異なる視点を何重にも通したうえで、最後は人間が判断する構造をつくることが重要です。
AIの役割を「答えを出すこと」から、「人間が判断するための材料を増やし、その判断を検証すること」へ広げて考える必要があります。
10 では、予測を意思決定につなげるにはどうするか
ここから先こそ、具体論が必要です。
少なくとも、次のような仕組みは考えておく必要があります。
第一に、不都合な分析結果を消さないこと。
組織では、上層部の方針と異なる分析ほど、途中で弱められたり、報告されなくなったりしがちです。
第二に、最も可能性の高いシナリオだけでなく、確率は低くても損害が極めて大きいシナリオを常設して検討すること。
第三に、分析する者と決定する者を適切に分けながら、分析結果が決定者まで届く経路を確保すること。
第四に、「何が起きたら判断を変えるか」という閾値を、できるだけ事前に決めておくこと。
危機が現実化してから判断基準そのものを考え始めれば、政治的圧力やその場の感情に左右されやすくなります。
第五に、AIを反証にも使うこと。
自分たちが採用しようとしている政策について、「この判断が失敗するとすれば何を見落としているか」とAIに検討させることもできます。
さらに一歩進めれば、AIを一つの「答えを出す装置」として使うのではなく、異なる視点をぶつけ合うための道具として使うこともできます。
例えば、あるAIに分析をさせたうえで、その分析結果を別のAIに検証させる。「この分析が間違っているとすれば、どこに問題があるのか」「どの前提を疑うべきなのか」「見落としている反対のシナリオはないか」と問い直すのです。
必要に応じて専門家の知見も加え、AIの分析、別のAIによる検証、専門家による反証を重ねたうえで、最後は人間が判断する。
AI → 別のAI・専門家 → 反証 → 人間の判断。
こうした構造をつくることで、AIを「未来を当てるための道具」ではなく、「人間の判断を検証し、見落としを減らすための道具」として活用することができます。
こうした仕組みがあって初めて、
分析 → 判断 → 決断 → 実行
がつながります。
AIを導入するだけでは、この構造はできません。
→「AIを導入した事務所」と「AIが存在する前提で設計された事務所」の違い
重要なのは、「正解を当てる」ことではありません。
こうした構造をつくることで、AIの回答を鵜呑みにするのではなく、複数の視点から検証し、人間の判断材料を増やすことができます。
11 映画『開戦前夜』をめぐる、もう一つの法律問題
なお、『開戦前夜』については、作品そのものをめぐって訴訟が係属していることにも触れておく必要があります。
総力戦研究所初代所長・飯村穣氏の孫である飯村豊氏は、NHKスペシャルのドラマに登場する人物が飯村穣氏をモデルとしており、その描写によって故人の名誉や遺族の敬愛追慕の情が侵害されたなどと主張して、NHK、制作関係者、石井裕也監督らを被告として損害賠償請求訴訟を提起しました。
さらに映画『開戦前夜』についても、原告側は上映差止めを求めています。
これに対し製作委員会側は、問題とされている「板倉大道少将」は創作された人物であり、飯村穣氏とは名前、外見、階級も異なり、飯村氏本人を描いたものではないとして、名誉毀損等を否定しています。
現在係争中の問題ですから、どちらの主張が法的に認められるかをここで論ずるものではありません。
ただ、この問題は法律事務所の立場から見ると興味深いものがあります。
実在した組織や歴史的事実を題材とする映像作品において、
史実と創作をどのように区別するのか。
創作上の人物であっても、実在人物との同定可能性があれば、どのような法的問題が生じ得るのか。
表現の自由と、故人をめぐる遺族の人格的利益をどのように調整するのか。
という別個の問題が生じるからです。
したがって、本稿でも、映画の個々の人物描写をそのまま史実として扱うのではなく、総力戦研究所によるシミュレーションという歴史的事実と、映画における創作上の人物描写とは区別して考える必要があります。
12 「まさか」を考えることは、悲観することではない
台湾有事を検討することは、「近いうちに戦争が起こる」と予言することではありません。
ウクライナ侵攻についても、起こると断定することと、起きた場合を準備しておくこととは別の問題でした。
むしろ、
確率は低くても、起きた場合の損害が極めて大きい事象を、平時にどこまで具体的に考えておくか。
これが判断の問題です。
中国で進むフィジカルAI。
台湾問題。
ウクライナ侵攻。
そして総力戦研究所。
一見すると別々の話ですが、共通しているのは、
目の前の出来事だけを見るのではなく、その背後の構造を見て、次に何が起こり得るかを考える
ということです。
AIは、そのための極めて強力な道具になり得ます。
しかし、総力戦研究所の経験が示す問題を現代に引き直せば、分析能力を高めるだけでは足りません。
予測することと、判断することは違う。
さらに、
判断することと、実際に決断し、行動することも違う。
AI時代に本当に問われるのは、AIにどこまで正確な予測をさせられるかだけではありません。
人間の判断を中心に置きながら、AIによる分析を、不都合な結果も含めて現実の意思決定に組み込み、必要な行動へつなげる構造をどうつくるか。
「こんな予測が80年以上前にあったのか」と感心するだけで終わらせないためには、そこまで考える必要があると思います。
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