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AIは弁護士の判断をどこまで変えるか――ドラッカー、手術支援ロボット「ダビンチ」、建設請負紛争から考える

高度な技術で能力が拡張されても、判断は残る――弁護士のAI活用を考える

AIによって、法律情報の探索や資料の整理は大きく変わりつつあります。しかし、情報処理能力の向上が、そのまま紛争解決の質の向上を意味するわけではありません。

体系的知識の力を説いたドラッカーや、医師の手術を支援するロボット「ダビンチ」を手掛かりに、弁護士のAI活用で何が変わり、何がなお問われるのかを、建設請負紛争の仮想事例から考えます。

体系的知識は、人間の能力を拡張する

経営学者ピーター・ドラッカーは、体系的な知識によって、今日の医師は百年前の優れた医師を超える能力を持つことができ、さらに有能な人間には卓越した能力が与えられると論じています(『ドラッカー名著集6 創造する経営者』まえがき[(2007年、ダイヤモンド社 原書1964年])。

先人の知識や経験が体系化されることで、それまで一部の優れた人間にしかできなかったことが、多くの人に可能になる。

この観察は、現在のAIにも通じるものがあります。

AIを活用すれば、膨大な情報を調べ、資料を比較し、論点を整理するための負担を大幅に減らせる可能性があります。これまで相当な知識や時間を要した作業も、以前より容易になります。

しかし、ここには、もう一つ考えるべき問題があります。

能力が拡張されることと、その能力を使って何を実現すべきかを判断できることとは、同じではありません。

ドラッカーの議論から、さらに考えるべきこと

ドラッカーは、産業社会において生産能力が拡大すると、生産量を増やし、価格を下げることが企業の利益につながるという経済的な構造を説明しています(『ドラッカー名著集10  産業人の未来』67頁[(2008年、ダイヤモンド社 原書1942年])。

しかし、これは、拡大した能力を何のために使うべきかという問いへの答えではありません。

もちろん、ドラッカー自身も、生産性や経済的成果だけを社会の目的としたわけではありません。産業社会をどのような社会として成り立たせるかという問題を深く考えた思想家でもあります。

そのうえで、AI時代の法律実務については、さらに具体的に考える必要があります。

AIによって、従来より多くの論点を調べ、より多くの法律文書を作成し、さまざまな法的手段を検討できるようになります。

しかし、それらをすべて主張し、利用できる法的手段をすべて講じることが、依頼者にとって望ましいとは限りません。

むしろ、情報や選択肢が増えるほど、何を重視し、何を採用せず、どの段階で行動するかという判断が重要になります。

能力を高めることと、その能力を現実の問題解決に適切に使うことは、別の問題なのです。

手術支援ロボット「ダビンチ」と医師の技量

この問題を考えるとき、手術支援ロボット「ダビンチ」が思い浮かびます。

ダビンチは、医師による精密な手術操作を支援する高度な装置です。適切な症例で使用されれば、低侵襲な手術などに役立ちます。

しかし、高度な装置を導入しただけで、どの医師も同じ結果を得られるわけではありません。

患者の状態を見極め、適切な術式を選び、手術中の状況に応じて対応する。そこには、医師自身の知識、経験、技量、判断が必要です。

むしろ高度な装置だからこそ、それを何のために、どのように使うかという問題が残ります。

弁護士によるAI活用にも、これと共通する面があります。

ただし、両者は同じではありません。ダビンチは医師の操作を支援する装置ですが、生成AIは、利用者に論点や結論の候補まで提示します。

そのため、弁護士の場合には、AIが示した分析や結論をどこまで信用し、どこで修正し、何を採用しないかという判断も必要になります。

AIを操作する技術と、法律問題について適切に判断する能力とは、区別して考えるべきでしょう。

建設請負紛争を例に考える――情報が揃っても決まらないこと

ここで、建設工事の遅延をめぐる紛争を考えてみます。

以下は実際の事件やAI活用実績を紹介するものではなく、判断の問題を説明するための仮設事例です。

工事が予定どおり進まず、発注者と施工業者の間で責任をめぐる争いが生じているとします。

AIを利用すれば、契約書、工程表、議事録、メールなどの資料を整理し、関係する法律や裁判例を調べ、双方の主張を比較する作業を効率化できるでしょう。

もちろん、AIによる整理の正確性や、資料の取扱いには検証と配慮が必要です。

では、情報が整理されたとして、発注者は直ちに損害賠償を請求すべきでしょうか。

あるいは、工事の完成を優先して交渉を続けるべきでしょうか。

ここでは、法律上の請求が成り立つかという問題に加えて、次のような事情を検討する必要があります。

  • 遅延の原因と責任の所在
  • 工事の進捗状況と完成の見通し
  • 施工業者の履行能力・支払能力
  • 遅延が事業計画や資金繰りに与える影響
  • 交渉を続ける場合の利益と危険
  • 訴訟に要する時間・費用と、得られる結果の見通し

さらに、工事の完成を優先するとしても、将来の損害賠償請求に備えて、何を記録し、どのように権利を留保するかという問題があります。

交渉をいつまで続け、どの時点で方針を切り替えるかも重要です。

つまり、法的な見通しを整理することと、現実にどの対応を選ぶかということは別の問題なのです。

こうした事情をただ列挙するだけでは、対応方針は決まりません。どの事実が結論を左右するのか、相手方が現実にどのような行動をとる可能性があるのか、どの段階で交渉から訴訟などへ方針を切り替えるべきか。
長年の実務経験は、情報の重要性を見極め、現実に起こり得る事態を踏まえて判断するために生かされるはずです。

判断には、依頼者自身の目的がある

この例で、もう一つ重要なことがあります。

発注者にとって、最も重要なのは工事を完成させて事業を開始することかもしれません。

一方、工事の継続によって損失が拡大するのであれば、早期に契約関係を整理する方がよい場合もあります。

同じ法律問題でも、依頼者の目的や置かれた状況によって、選択すべき対応は変わります。

弁護士は、法的な見通しと選択肢を示すだけでなく、それぞれの選択が持つ利益と危険を明らかにする必要があります。

しかし、何を優先し、どのリスクを引き受けるかについて、依頼者自身の判断を抜きにして結論を出すことはできません。

AIが進歩しても、この関係は変わりません。

AIによって問われる、弁護士の判断能力

AIの普及は、弁護士による情報の探索・整理・照合を効率化するだけでなく、その能力を大きく拡張する可能性があります。

しかし、それによって弁護士の実務能力の差がなくなるわけではありません。

重要なのは、集めた情報の量でも、作成した文書の量でもありません。

何が問題なのか。

何を確かめ、何を優先するのか。

どのリスクを引き受け、いつ動くのか。

そして、どこで立ち止まり、方針を変更するのか。

こうした判断を、具体的な案件の中で適切に行うことです。

当事務所では、AIを情報の探索・整理・照合に活用しながら、弁護士としての実務経験を踏まえ、依頼者が現実的な判断を行うための問題整理と対応方針の検討を重視しています。

高度な技術が人間の能力を拡張する時代だからこそ、その能力を何のために、どこまで使うのかという判断が、改めて問われていると考えます。

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前田 尚一(まえだ しょういち)
弁護士として35年以上の経験と実績を有し、これまでに多様な訴訟に携わってまいりました。顧問弁護士としては、常時30社を超える企業のサポートを直接担当しております。
依頼者一人ひとりの本当の「勝ち」を見極めることにこだわり、長年の経験と実践に基づく独自の強みを最大限に活かせる、少数精鋭の体制づくりに注力しています。特に、表面に見えない企業間の力学や交渉の心理的駆け引きといった実務経験は豊富です。 北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校、北海道大学法学部卒業。

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