「裁判になりますよ」と言われると、不安になって相手の要求を受け入れたくなることがあります。
しかし、その言葉だけで裁判が始まるわけでも、相手の主張が正しいと決まるわけでもありません。
裁判の可能性と、交渉を有利に進めるための言葉とを分けて考える必要があります。
「裁判になりますよ」と言われたら
「このままでは裁判になりますよ」
「裁判になれば、あなたが不利になります」
このように言われると、裁判を避けるために、相手の要求へ応じた方がよいように感じることがあります。
しかし、「裁判になる」という言葉と、実際に裁判を起こす準備が進んでいることは同じではありません。
裁判という言葉だけで、相手が正しくなるわけではない
裁判を起こすこと自体は、相手方の主張が正しいことを意味しません。
裁判では、相手が何を請求し、その根拠となる事実をどのように主張し、どのような証拠で裏付けるのかが問題になります。
そのため、まず確認したいのは、相手が「裁判」と言ったことではなく、次の点です。
- 何を求めて裁判を起こすというのか
- どのような事実や契約を根拠としているのか
- 相手にどのような証拠があると考えられるのか
- 既に弁護士へ依頼するなど、具体的な準備が進んでいるのか
交渉材料として使われている場合もある
「裁判になりますよ」という言葉は、相手が自分の要求を受け入れさせるために使っている場合もあります。
こちらを不安にさせ、十分に検討する前に、支払、退任、明渡し、契約解除への同意などを引き出そうとしていることもあります。
反対に、既に内容証明郵便が届いている、代理人弁護士から具体的な請求が示されている、証拠の収集が進められているなど、現実に提訴へ向かっている場合もあります。
言葉の強さではなく、それまでの交渉経過と相手の具体的な行動を見る必要があります。
裁判を恐れることと、裁判に備えることは別です
裁判を避けたいという気持ちだけで相手の要求を受け入れると、後から取り戻せない不利益が生じることがあります。
一方で、「どうせ脅しだろう」と決めつけて放置することも適切ではありません。
相手とのやり取りを保存し、契約書や関係資料を確認したうえで、実際に裁判になった場合の請求内容、証拠、費用、時間、その間の事業や生活への影響を整理します。
訴状など裁判所からの書類が実際に届いた場合には、相手からの予告とは異なり、手続上の期限に沿った対応が必要です。
確認すべきなのは、「裁判」という言葉の怖さではなく、相手が何を請求でき、その主張を何によって裏付けようとしているのかです。
裁判の可能性を過小評価せず、同時に、その言葉だけに支配されないことが、最初の判断になります。






