「社長を辞めてほしい」と言われても、何を辞めるよう求められているのかは、必ずしも明確ではありません。代表取締役、取締役、株主などの地位を切り分け、誰が、どのような根拠で、何を求めているのかを確認することが最初の判断になります。
社長を辞めてほしいと言われたら
「社長を辞めてほしい」
共同経営者、創業者、親族、他の取締役、あるいは大株主から、突然このように言われることがあります。
経営方針をめぐる対立が続いていた場合もあれば、本人が知らないところで、役員や株主の間に話ができていたという場合もあります。
しかし、「社長を辞めてほしい」と言われたからといって、その場で辞任届を提出したり、相手方が用意した書面に署名したりするのは慎重であるべきです。
まず確認しなければならないのは、何を辞めるよう求められているのかという点です。
「社長」は一つの法的地位ではありません
一般に「社長」と呼ばれていても、法律上の地位は一つとは限りません。
例えば、その人が同時に、
- 代表取締役
- 取締役
- 株主
- 会社との間で貸付けや保証関係を持つ者
- 実質的な創業者または事業承継者
という複数の立場にあることがあります。
そのため、「社長を辞める」という言葉だけでは、具体的に何が変わるのかは分かりません。
代表取締役ではなくなることを求められているのか。
取締役からも退くことを求められているのか。
保有株式まで譲渡するよう求められているのか。
経営から完全に離れることを求められているのか。
これらは、それぞれ別の問題です。
代表取締役の地位を失っても、当然に取締役や株主でなくなるわけではありません。反対に、取締役を辞任しても、保有する株式まで失うわけではありません。
まず、相手方が求めている内容を具体的に切り分ける必要があります。
誰が、どのような根拠で求めているのか
次に確認したいのは、誰が辞任を求めているのかという点です。
大株主が求めているのか。
他の取締役が求めているのか。
創業者や親族が求めているだけなのか。
すでに取締役会や株主総会の開催が予定されているのか。
単なる話合いとして辞任を求めている段階なのか、それとも正式な解職・解任手続を進めようとしているのかによって、対応は異なります。
会社の機関設計、定款、株主構成、取締役会の構成によっても、誰がどのような手続で代表取締役や取締役の地位を動かせるのかは変わります。
したがって、相手の発言だけを聞いて、
「もう社長ではいられない」
「自分には何もできない」
と判断することはできません。
辞任と解任は同じではありません
自ら辞任届を提出することと、会社側の手続によって地位を解かれることは同じではありません。
辞任届を提出すれば、自分の意思による退任として扱われることがあります。一方、正式な手続によって解職・解任された場合には、その手続の適法性や、任期途中の解任に伴う損害などが問題となる余地があります。
もちろん、形式上は辞任であっても、強い圧力を受けた事情などが問題になる場合はあります。
しかし、いったん辞任届や合意書を提出すると、その後に、
「本当は辞めるつもりではなかった」
「代表取締役だけを辞めるつもりだった」
「株式まで譲渡するとは思っていなかった」
と主張しても、事実関係の整理が難しくなることがあります。
辞任に応じるかどうかを決める前に、辞任と解任の違い、その後に残る地位や権利を確認する必要があります。
株式を持っているかどうかで状況は変わります
会社支配権を考えるうえでは、役職だけではなく、株式の保有状況が重要です。
代表取締役や取締役を退いたとしても、株主としての地位が残れば、持株比率に応じて、株主総会で議決権を行使することができます。
反対に、社長として長年会社を経営してきたとしても、株式をほとんど持っていなければ、役員の選任・解任をめぐる場面で十分な影響力を持てないことがあります。
そこで、少なくとも次の事項を確認します。
- 誰が何株を保有しているのか
- 議決権割合はどうなっているのか
- 株主名簿には誰が記載されているのか
- 株式の取得や相続をめぐる争いがないか
- 株主間契約や過去の合意がないか
- 株式の譲渡まで求められていないか
「社長を辞めること」と「会社から完全に排除されること」は同じではありません。
役員としての地位と株主としての地位を混同しないことが大切です。
辞任届や合意書に署名する前に確認すること
相手方から、その場で辞任届や合意書への署名を求められることがあります。
しかし、書面には、役員辞任だけでなく、
- 株式譲渡
- 退職慰労金や未払報酬の清算
- 会社に対する請求権の放棄
- 秘密保持義務
- 競業避止義務
- 会社財産や資料の返還
- 個人保証や会社への貸付金の処理
などが含まれている場合があります。
会社の借入れについて個人保証をしている場合、社長を辞めれば当然に保証から外れるとは限りません。会社に対する貸付金がある場合も、退任とは別に回収方法を考えなければなりません。
そのため、書面の表題が単なる「辞任届」「退任合意書」であっても、その法的・経済的な効果を全体として確認する必要があります。
最初に確保・整理しておきたい資料
会社内部の対立が表面化すると、社内システム、メール、会計資料などへのアクセスが制限されることがあります。
もっとも、会社の資料を無断で持ち出したり、削除したりしてよいわけではありません。
適法な範囲で、まず次のような資料の所在と内容を確認します。
- 定款
- 登記事項証明書
- 株主名簿
- 株主総会・取締役会の議事録
- 株主総会や取締役会の招集通知
- 役員選任時の資料
- 株式取得や事業承継に関する書面
- 辞任を求められた経緯が分かるメールや文書
- 役員報酬、貸付金、個人保証に関する資料
何があったのかを時系列で整理しておくことも重要です。
残るのか、退くのかだけで考えない
社長の辞任を求められると、
「経営権を守って残るか」
「要求に応じて退くか」
という二者択一で考えがちです。
しかし、実際には、
- 代表取締役だけを交代し、取締役として残る
- 一定期間を設けて事業を引き継ぐ
- 株式を保有したまま経営から離れる
- 株式の買取りを含めて退任条件を交渉する
- 役員報酬、貸付金、個人保証を一括して整理する
- 正式な機関決定の適法性を争う
など、複数の選択肢があり得ます。
どの選択肢が適切かは、法律上争えるかどうかだけでは決まりません。
今後も会社が事業を継続できるか、従業員や取引先にどのような影響が及ぶか、自分が何を守る必要があるかまで考える必要があります。
最初の返答で、その後の選択肢を狭めない
辞任を求められた直後は、感情的な応酬になりやすい局面です。
しかし、その場で辞任を承諾することも、直ちに全面拒否することも、その後の選択肢を狭める場合があります。
まずは、
ご提案の内容と理由を書面で確認したうえで、回答します。
などと伝え、何を、いつまでに、どのような条件で求めているのかを明確にすることが考えられます。
相手が示した期限を、そのまま法的な回答期限だと受け取る必要があるとは限りません。ただし、取締役会や株主総会の日程が迫っている場合には、短期間で対応方針を決めなければならないこともあります。
当事務所の考え方
「社長を辞めてほしい」と言われた場面では、肩書だけを見ても、会社内の支配関係は分かりません。
まず、
- 代表取締役・取締役・株主としての地位
- 株主構成と議決権
- 会社の機関設計と定款
- 辞任要求に至った経緯
- 役員報酬、貸付金、個人保証
- 会社の事業継続と関係者への影響
を整理する必要があります。
そのうえで、何を守り、どの時点で、どの手段を選ぶのかを判断します。
会社支配権をめぐる問題では、法的に可能な手段を並べるだけでは十分ではありません。
当事務所では、目の前の法的正解だけではなく、初動、情報整理、会社内の力関係、損失の配分、将来の事業継続まで含めた現実的な判断を重視しています。
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当事務所では、
目の前の法的正解だけではなく、
初動・情報整理・損失配分・将来維持可能性を含めた現実判断を重視しています。
実際の紛争や経営判断では、初動で何を整理し、何を守り、何を優先するかという判断が、その後の結果を大きく左右します。
そのため、法律的な見通しをご説明するだけでなく、状況や選択肢を整理し、依頼者の方が納得して判断できるよう支援することを大切にしています。






