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AIが文章を書く時代、専門家には何が残るのか――「作ること」と「判断すること」の違い

 

AIは、情報を集め、整理し、文章を作るところから、専門業務のかなり深い部分まで入り始めています。

では、AIが作った成果物を専門家が顧客に提供するとき、その専門家には何が残るのでしょうか。

問題は、「AIを使ったか、人が書いたか」という二者択一ではないように思います。

むしろこれから重要になるのは、誰がその内容を確認し、採用すると判断し、その結果について責任を負うのかという問題です。

AIが作った文章を、誰が判断して世に出すのか

生成AIが作った文章に、AIによる生成であることを識別するための仕組みを組み込む動きが進んでいます。

こうした技術が普及すると、これからは「この文章は人が書いたのか、AIが書いたのか」ということが、これまで以上に意識されるようになるのかもしれません。

しかし、法律実務に携わっている者としては、私は少し違うところが気になります。

本当に重要なのは、誰が文章を書いたかなのでしょうか。

AIが「作る」範囲は、かなり広くなってきた

生成AIが登場した当初は、文章の要約や下書きをさせる程度の利用が中心でした。

ところが現在では、法律・判例・文献を検索し、資料を整理し、論点を抽出し、契約書や法律文書の第一案を作るところまで、急速に実用化が進んでいます。

訴訟実務でも、事件記録を整理・検索したり、書証に証拠番号を付したりするだけではありません。

証拠を分析し、証拠説明書を作り、さらには、その証拠によって何を立証するのかという「立証趣旨」の案までAIが作るサービスが現れています。

こうなってくると、

「文章を書くのは人間の仕事」

という線の引き方では、AIと人との役割分担を説明できなくなってきます。

AIが文章を作ること自体は、いずれ特別なことではなくなるでしょう。

「AIが書いたのか」という問い

そうすると、

「これはAIが書いた文章ですか」

という質問も、少し意味が変わってくるように思います。

たとえば、AIが契約書の第一案を作ったとします。

弁護士がその内容を検討し、必要な修正を加え、この契約内容でよいと判断して依頼者に提示したのであれば、重要なのはAIが何%を書いたかだけではありません。

むしろ、

なぜ、この内容でよいと判断したのか。

そこに専門家としての仕事があります。

反対に、AIが作った文章をほとんど検討せず、そのまま顧客に渡したのであれば、人間の名前が付いていても、専門家が実質的に何をしたのかという問題が残ります。

生成した主体と、判断した主体とは、同じではありません。

AIは「段取り」だけをするのか

AI時代の専門家について、

「段取りはAIに任せ、人間は人間にしかできない仕事をする」

という考え方があります。

方向としては、そのとおりでしょう。

検索、整理、転記、要約、比較、第一稿の作成など、機械に任せた方が速く正確な作業まで、人間が時間を費やし続ける必要はありません。

ただ、人間側に残るものを「情熱」「コミュニケーション」「寄り添い」といったものだけで捉えてしまうと、私は少し違和感があります。

AIは、相談内容を整理することもできます。

複数の選択肢を提示することもできます。

相手に配慮した文章を作ることもできます。

これらの能力も、今後さらに向上していくでしょう。

それでもなお残る問題があります。

選択肢を出すことと、選ぶことは違う

現実の法律問題では、一つの「正解」が最初から存在しているとは限りません。

法的には主張できる。

しかし、今それを主張するべきか。

証拠はある。

しかし、今その証拠を相手方に見せるべきか。

訴訟をすれば勝つ可能性がある。

しかし、その時間と費用をかけてまで争うべきか。

会社として守るべきものは、目の前の金額なのか、取引関係なのか、経営権なのか、信用なのか。

AIは、それぞれについて情報を集め、整理し、複数の選択肢を提示するところまで、かなりのことができるようになるでしょう。

しかし、

何を守り、何を失うことを受け入れ、どの時点でどの選択肢を採るのか。

これは「文章を作る」という仕事とは性質が違います。

判断の問題です。

法律問題を解く前に、判断の構造を整理する

専門家の仕事は「作成」から「判断」へ

もちろん、AIが判断案を提示することも増えていくでしょう。

「この条項を修正した方がよい」

「この証拠を提出した方がよい」

「この条件で和解した方が合理的である」

そんな提案までAIがする時代は、そう遠くないと思います。

だから、「判断だけはAIにはできない」と言って安心することもできません。

むしろ重要なのは、

AIが判断案まで提示することを前提として、それを採るのか、採らないのかを誰が決めるのか

ということです。

そして、その決定によって生じる現実の結果を誰が引き受けるのか。

ここに、専門家の役割が残ります。

「AIを使ったか」より、「誰が判断したか」

これから、AIが作った文章であることを識別する技術が普及していくかもしれません。

そのとき、

「AIを使ったことを隠してはいけない」

という問題も当然出てくるでしょう。

しかし、それだけでは足りません。

専門家に問われるべきなのは、

AIを使ったかどうかではなく、AIをどこで使い、どこから自分が判断を引き受けたのか

ではないでしょうか。

AIが作った契約書でも、準備書面でも、意見書でも、そのまま現実世界で効力を持つわけではありません。

誰かがそれを採用し、相手方に送り、裁判所に提出し、あるいは経営判断に用います。

そこで初めて、AIの生成物は現実の行為になります。

AIが進歩するほど、「判断主体」が見えてくる

少し逆説的ですが、AIが専門家の仕事を代替していくほど、人間が担っていた仕事の中身もはっきりしてくるように思います。

検索することなのか。

文章を書くことなのか。

説明することなのか。

それとも、

情報を整理し、状況を読み、複数の選択肢を比較し、何を守るかを決め、必要なところで決断することなのか。

AIができることが増えるたびに、後者の輪郭が見えてきます。

当事務所でも、AIを使わないこと自体に価値があるとは考えていません。

利用できるものは利用し、情報整理や調査、検討の速度と精度を上げればよい。

ただし、

AIに準備をさせることと、AIに判断主体を明け渡すこととは違います。

法律問題に直面した人に必要なのも、情報を大量に渡してくれる人だけではないでしょう。

その情報を前に、

何が本当の問題なのか。

何を守ろうとしているのか。

どの選択肢なら、どの損失を引き受けることになるのか。

そして、いつ動くのか。

そこまで整理したうえで、最後に判断する。

AIが文章を書くことが当たり前になるほど、専門家には、この役割が以前よりはっきりと問われるようになるのではないかと思います。

AI時代に最後まで残るのは「判断」


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実際の紛争や経営判断では、初動で何を整理し、何を守り、何を優先するかという判断が、その後の結果を大きく左右します。

そのため、法律的な見通しをご説明するだけでなく、状況や選択肢を整理し、依頼者の方が納得して判断できるよう支援することを大切にしています。

AI生成物の識別・電子透かしという現象

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260617「AI時代に最後まで残るのは判断」

260617-3「判断構造」

最上位「判断基準」

前田 尚一(まえだ しょういち)
弁護士として35年以上の経験と実績を有し、これまでに多様な訴訟に携わってまいりました。顧問弁護士としては、常時30社を超える企業のサポートを直接担当しております。
依頼者一人ひとりの本当の「勝ち」を見極めることにこだわり、長年の経験と実践に基づく独自の強みを最大限に活かせる、少数精鋭の体制づくりに注力しています。特に、表面に見えない企業間の力学や交渉の心理的駆け引きといった実務経験は豊富です。 北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校、北海道大学法学部卒業。

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